いくら松重が大財閥だとしても、ワールドカップに出場する日本代表の壮行試合のチケットを、いったいどうしてこんなにたくさん持っていたのだろうかと、スミレは不審に思っていた。
スミレがチケットを買おうとした時には、すでに完売した後だったことを思うと、発売間もなく売り切れてしまったのだろう。
花恋が転校先のみんなと仲良くなるきっかけにと申し出たということだったが、そもそもなぜ松重はそんなにたくさんのチケットを持っていたのだろうか。

どこか疑問に思いつつ、問い質すこともしていなかったが、そういえば花恋が来ないと、ふと振り返ってロイヤルボックスが目に入った時、おおよその見当がついた。
花恋は、そのロイヤルボックスにいた。
安住氏に付き添われ、スミレに向かって大きく手を振っているところだった。
スミレも手を振り返し、あっと驚いた。
驚いたのは花恋のことではない。
その周囲が、たくさんの人で、満員電車のように寿司詰めになっているのだ!

小学生とその家族の集合時間を過ぎると、どこからともなく、バラバラと大人の群れがやってきて、空いている席に着き始めた。
と同時に、ロイヤルボックスには少しずつ隙間ができ始めたようだ。
全校を招待してくれたが、サッカーに興味がなかったり、都合がつかなかったり、人込みを嫌ったり、さまざまな理由から、座席は松重が用意してくれた半分ほどしか埋まっていなかった。
「失礼、こちら、いいですか?」
そんな声とともに、ワイワイと楽しげな集団がいくつもやってくる。
 
「課長、課長!遅いじゃないですか。こっちですよ。うわぁ、課長のTシャツ姿なんて見ちゃったぁ!」
「なんだよ。似合うだろうが?おお?」
「いやだぁ。普段は背広で目立たないけど、その丸いお腹はまるで青いサンタクロースですよぉ!」
「なにっ!?セクハラじゃないのか、今の発言は!」
 
「主任!ビールはこっち、つまみはこっちです。みんなに配っていいですか?ほら、課長もセクハラなんて言っていないで、飲んで飲んで!はい、どうぞ!」
「お、よこせよこせ。俺も配るの手伝うぞ。営業2課の分はどこだ?あっちの主任に渡さなきゃ。」
「お集まりの皆さん、応援の練習します。ご唱和ください!」

松重の社員であることは、明白だった。
なるほどとスミレは思った。
最初から、社員の福利厚生ために、たくさんの席を買い占めていたに違いない!
小学生たちに席を譲るため、空きがわかるまで、花恋たちが開放したロイヤルボックスに詰めていたのだろう。
それが、小学生たちの集合時間が過ぎると、待ってましたとばかりに雪崩れ出てきて、大騒ぎを始めたといわけだ。
にぎやかな集団から目を離し、もう一度ロイヤルボックスを見ると、社員の大集団はあらかた座席についたようで、花恋と幾人かの姿が見えるだけだ。

小学生の親子の間に座席の空きがあると、つめてほしいと優しく声がかかる。
小学生と保護者が慌てて荷物をずらし、列がずれ、また立っていた人が座る。
いくらかは立ち見になりそうな雰囲気だったが、結局皆席につけたようだった。
はっとさせられたのは、スタジアムの巨大スクリーンに、選手紹介の映像が流れ始めた時だった。
あれほどガヤガヤと騒いでいた人たちが、ピタリと静まり、映像を見上げたのだ。

「おおっ!!」
チヨコ先生が感嘆の声を出した。
「なに?」
「さすがニッポンが誇るエリート集団!」
「だから、何?」
「このメリハリをウチのクラスの子供たちに教えるには、どうしたらいいのかなぁ。」
「ほ?」
チヨコ先生の関心は、いつもどこかで自分が運営する教室へと向かっていく。

巨大スクリーンには、誰が今日のヒーローになっても不思議ない有名選手たちの経歴が簡潔にまとめられ、インパクトのある映像と共に紹介されていく。
ひとりひとりに大きな声で声援が送られ、喝采が湧く。
キックオフの時間が、刻一刻と迫っていた。 







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