「そしたらなぁ。」
それまで黙ってニヤニヤと話を聞いていた幸吉じいさんが、ゆるりと割って入った。
ふだんはトンチンカンな言動で笑いをふりまくのに、今は冴えている時らしく、その続きは俺に言わせてくれとばかりにしている。

「そしたらなぁ。この、優君がなぁ、真理ちゃんのあとを追いかけて、飛び出して行ったんだなぁ。」
「へぇぇ。他の人は?」
「もちろん、後を追ったわよ。ものすごい勢いだったから、カッとなって掴み合いにでもなったら、取り返しがつかないもの。」
「わしも、行ったさぁ。」
「のんびり行ったんだろうねぇ。」
バイトスタッフは、思わず独り言をいって、はっと口元を押さえた。
「それで、それで?」

「優くんがなぁ、真理ちゃんをこう、抱えて、『あんたたち、何をしてるんですか!』って、笹山さんたちを怒鳴りつけたんじゃ。そりゃもう、鬼のような顔でなぁ。」
「優さんの顔が鬼のようなんて想像できない〜」
「真理ちゃんは、ぐちゃぐちゃになった球根を、こうして手のひらに乗せて、しくしく泣きっぱなしじゃ。当然じゃろ。わしも一緒に植えたからなぁ。切ない、切ない。」

「真理さんがあんまり泣くから、笹山さんたちも、気勢を殺がれたというか、つい見守ってしまったというか…。」
ミドリが口をはさむと、幸吉じいさんが両手をばたばたと動かして、うるさい、うるさい、話をとるな!とばかりに前のめりになった。
「あわ、あわ…慌ててしまう。黙っとってぇ。」 

「優くんは、笹山さんたちがそれ以上騒がないと分かると、真理ちゃんに言ったんじゃ。『泣かないで。もう一度、一緒に植えよう。』って。」
優の口真似をしようとしたらしく、それが小さな笑いを誘う。
「そしたら、真理さんが返事をせんのじゃ。そりゃそうじゃ。割れたり折れたりしてしまっては、また植えても芽がでるとは限らん。」
皆が一様に頷く。

「それでも、優くんは諦めなんだ。『つらいことは、これからもきっとある。でも、僕が一緒にいますから。』」
「えっ?やだぁ!それってプロポーズみたいなもんじゃない!きゃぁ!」
話が核心に迫ったことを知ると、バイトスタッフは胸の前で両指を組み合わせ、頬から耳まで赤くしている。
「そしたらなぁ、真理ちゃんが言ったんじゃ。『あなた、ミドリさんとお付き合いしているんでしょう?』泣きはらした赤い目で、こう、きっと睨みつけてなぁ。迫力あったなぁ。」
「ええっ?信じられない!それって三角関係?そうなの?うわぁ!修羅場ぁ!」
バイトスタッフは勝手に盛り上がっている。

「ちがう、ちがう。 優くんが何か言う前になぁ、ミドリちゃんが、こう、真理ちゃんのところで仁王立ちになってなぁ。」
幸吉じいさんはよろよろっと立ち上がると、ミドリがそのときにしたらしい様子で立った。
両足をしっかりと開いて、両手を腰に当てている。
幸吉じいさんの膝が外側に向いているから、ひどくガニ股の立ち方だが、ミドリならモデルのようにスッキリと立ったことだろう。

「こう言ったんじゃよぉ。『譲る!』」
「え?」
「つまりじゃ、ミドリちゃんは真理ちゃんに、優くんを譲ってあげるというわけだぁ。『真理さん、誤解しないで。私が勝手に片思いしていただけなの。お付き合いなんてしてないわ。私が勝手にあれこれ気を引こうとしていただけよ。でも、それもおしまいにする。優さんのことは、真理さんに譲るわ!』」
幸吉じいさんが時々舌をもつれさせながら、長いセリフを真似すると、 思わず周囲から拍手があがった。

「その機を逃さず、優くんは迫ったのじゃ。『真理さん、年下で頼りないかもしれないけど、僕と結婚してください!』」
熱演に拍手をもらい、幸吉じいさんはすっかり気を良くしている。
「うわぁぁ。私も言われたい〜〜〜!」
若い女性と、以前若かった女性たちが一斉に嬌声をあげた。
「でもなぁ。真理ちゃんの返事はにべもなかったなぁ。
『絶対に、ぜ〜ったいに、イヤ!』じゃもん。」






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