会長や権藤氏とは18時にまた本社前で待ち合わせることにして、新吉と今日子は会社を一度会社を出ることにした。
ビル前の広場に立つ時計台を見ると、もう3時を指している。
1時から話し始めたから、感覚的には30分ほどの短い面談に思われたものの、実際には2時間が経過していた。

新吉は、18時までの間、今日子をどこかで休ませてやりたいと考えていた。
しかし、どこがいいかと思うと、どこも思いつかない。
新吉が東京に持っていた家は、今では社宅として借り上げられていて、他の社員が住んでいる。
いくら旧知の仲とはいえ、人妻をホテルに誘ってひと休みしたらとは言えない。
かといって、そこらへんの喫茶店では落ちつかないだろう。

新吉が広場に張りめぐらされたタイルを見ながら考えあぐねていると、今日子から声がかかった。
「新吉さん。私ね、ちょっと銀座に行って、お買い物して来たいのだけど、いいかしら?」
「それは構わないが、疲れただろう?少し休まなくていいのか?」
「大丈夫よ!東京に来るのは久しぶりだし、もうすぐクリスマスだから、あれこれ見たいの。いい?」

もちろん、新吉には断る理由がない。
銀座は目と鼻の先だ。
春ごろから怪しくなった景気は、この秋口には崩壊が顕在化したと言える。
季節ばかりではなく、人々の懐も真冬を感じつつあるのだが、クリスマスとなると、やはり気持ちは沸き立つものらしい。
「わかった。じゃ、行こうか。」
新吉が銀座方向に向かって歩きはじめると、今日子が笑い声をたてながら制止した。

「やだ、新吉さん。私ひとりで行けるわよ!幼児じゃあるまいし、保護者同伴でなくてけっこうよ。」
一緒に行く気満々だった新吉は、拍子抜けした。
確かにそうだが…
「いや、別に保護者というわけでは…」
「店の外で殿方に退屈そうに待たれていたら、気になって、ショッピングを楽しめないじゃない。じゃ、行ってきます!」
新吉の返事を待たずに軽く右手を上げ、今日子は颯爽と身をひるがえした。
まだ腕に抱えたままになっていたカシミヤのロングコートを、歩きながらふわりと背に回し、腕を通そうとする。

と、コン!と爪先がひっかかったらしく、今日子は大きくバランスを崩した。
いくら見ても足元は平らで、つまずくようなものは何もなさそうなのだが、だ。
おっとっと、とたたらを踏んだ拍子に、羽織り損ねたロングコートの裾を引きずり、反対側の足で踏みつけてしまった。
さらにバランスを崩したのをなんとか転ばずに踏みとどまり、両膝に手を置いて肩で息をしている。
腰を起こすと同時に、地面を右のヒールでカツンとやっつけて、八つ当たりしたところで、新吉が見ていることに気付いたようだ。

「やだ、もー!」
爽やかに笑い飛ばし、何事もなかったように歩きだしたが、 また足がもつれた。
今度は、タイトなロングスカートのせいで、思ったよりも足が開かなかったのが原因らしい。
新吉はこらえきれずに吹き出してしまった。
腹を抱えて、涙がにじむほど笑えて、笑えて、止まらない。
新吉の身体から、会長室での緊張が、小川のようにほどけて流れ去っていく。
今日子はポリポリと頭を掻きながら、今度は慎重に歩いて遠ざかって行った。

ようやく笑いを収めた新吉は、通い慣れた珈琲ショップを目指して歩きだしたものの、ふと、先ほど飲んだ珈琲の味を思い出して、今日はやめておこう、と決めた。
昨年の今頃、スミレに大きなキティちゃんのぬいぐるみを買ってやろうと、探し歩いたことを思い出す。
あの時は、他のお友達の分を買わなかったと叱られて、たいそう恥をかいたっけ。
今年は忘れずに買おう。
スミレと、ミドリと…トコちゃんの分も。
新吉は新吉で、さて何がよいかと思案しながら、今日子とは反対の方向へ向かって歩き出した。






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