「隆ちゃんよ。よく、わかったよ。お前の選択の意味は、俺にもよくわかった。」
新吉はうなだれた。
「ミハルが生きている間に、もっとじっくりと見つめておけばよかった。
名前を呼んでやればよかった。
それを、俺ときたら、照れくさくてなぁ。
おい、とか、あの、とか、こらとか。
目が合うと、さっさと逸らしてたんだ。
ミハルは俺を家族に選んでくれた。
お前流に言えば、ミハルの夫としての時間は、他の誰にも代われないはずのものだった。
それなのに、俺は…。」

新吉は、自分が何を言っているのか、もう意味が分からなくなっていた。
言いようのない後悔と、取り返しのつかない喪失感に抱きすくめられ、身動きとれない自分を感じるばかりだった。
以前にも、こんな気持ちになったことがあった。
そうだ、あれはスミレをここに預けて、ひとり東京に戻った晩だった。

「新吉さん。」
今日子の澄んだ声がした。
「ありがとう。」
え?
新吉は顔を上げた。
「私たちに、心を開いてくれて、ありがとう。」
「そんな…」
「いいえ。誰でも、自分をよく見せたいものよ。歳を重ねれば重ねるほど、人に見せたい部分と、隠しておきたい部分とができていくわ。きっと、奥様とのことは、誰にも見せたくない部分だったはず。あなたは今、それを私たちに見せてくれている。私たちは、あなたの本当の友達になったのだと感じるわ。ただ長い付き合いというだけではない、本物の。」

返事のしようがないらしい新吉の顔がゆがむのを見つめながら、今日子は言葉をつないだ。
「ねぇ、新吉さん。トコちゃんが亡くなっても、私が真理さんほど苦しまなかったのは何故だと思う?」
それは、あなたが直接の担当だったからではないからでは?と思ったが、それが答えでないことは明白だった。

「それはね、トコちゃんは私の中で、生き続けているからなの。
私には、トコちゃんにしてあげたかったことが、まだまだたくさんあったの。
トコちゃんが死んでしまって、私はそれを彼女に贈ることができなくなった。
でも、それで終わりではないの。

トコちゃんが生きていたら、トコちゃんだけにしてあげたかもしれないことを、
私は今生きている他の子どもたちに、してあげたい。
そうするとね、トコちゃんがいてくれたおかげで、他の子たちが恩恵を受けるのよ。
それを続けている間は、トコちゃんは私の中で、私と一緒に生きているの。
だから、毎日彼女の声を聞き、身体に触れて、元気な顔を見られなくなったことは寂しくてしかたがないけれど、でも、絆が切れたわけではないの。
私は、そう思うの。」

「それなら…。」
新吉は、確認しないではいられなかった。
「それなら、今日子さん。あなたはやはり、もみの木の仕事に戻りたいのでは?おらほの家の仕事より、本当は、子どもたちの元に帰りたいのではないのか?」






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