この書面が事実だとしたら…県が事実だと記録したことの実際を疑っていいのかも分からないが…新吉が知っていると思っていた今日子とは、別人のような気がする。
その一方で、あの今日子だから、こういうこともしかねないと思う。
熱い人だ。思いこんだら何でも命じるかもしれない。

いや、やはり違う、と思う。
事実の一端はあるのかもしれないが、ここに書かれていない事情とか理解とかがあるのではないか。

それ以上に、どちらにしろ、トコちゃんではなく、スミレのことによってあの二人は窮地に陥ったのだ。
もともと東京にいたスミレを、無理して長野に移し、面倒をみてもらった新吉は、申し訳なさに身がすくむ思いだった。
今すぐにも詫びたい。

しかし、詫びるには、自分がこれを知ってしまったことを話さなくてはならない。
会長が今日子を認めないでいることも。
自分が、この書面を事実と認めたということも。
それは…できない。

とはいえ、この書面を読み、新たな事業の経営陣としては不適格と断じた会長の意思は何ら間違っていない。
これが事実なら、新吉であっても不適格だと思う。
「おらほの家」は、職員も利用者も同様に、自分の暮らしを大切にできるように組み立てるつもりだ。
週休3日を打ち出しているのも、その決意を形にしたものだ。
だからこそ、会長は思われたのだろう。
そういう特色がうまく機能しなくなった時、職員に犠牲を強いることで乗り越えた気になってしまうような人物を経営陣に招くつもりはないと。
その陰に、胡散臭い夫がついているとなったら、なおさら信用はガタ落ちだ。

新吉はこのことを、信じるとか信じないとか言う、感情論で扱ってはいけないと気付いた。
これは、ビジネスだ。
佐々木夫妻が幼なじみと、かつて憧れたマドンナであることは否定できない。 
しかし、だからと闇雲に感情的な庇護者になってはいけない。
子どもの頃に性格のよい人だったからと言って、全員が全員、そのまま成長するわけではないし、一度の間違いも犯さずに生きているとは考える方が間違っている。
懸命に生きている人間を信じるということは、変わったり間違ったりすることを受け入れるということだ。
今、自分が、溺れてはいけない。

事実を知ることだ。

新吉はすぐさま、会長に面談を申し入れた。
それはただちに受け入れられ、その日のうちに、会長とこの件について話し合うことができた。
新吉が願い出たのはただ一つだった。
社内探偵たちに、書類だけで終わらせるのではなく、もみの木学園の職員に直接当って話を聞いてもらいたいということだった。
できれば、内々に本人たちにも当ってみてほしい。
これまで幾多の人々の裏も表も見てきた探偵たちの目にも不適格と映るなら、それはしかたがないことだ。
しかし、彼らがこの書面にない事実を見つけてきたら…

トコちゃんの事件に深く胸を打たれたまま、二度とそのような悲劇を起こさないためにも、わが社にできる社会貢献があるのではないかと思っている会長は、ことが直接トコちゃんの件に関わるだけあって、決断が速かった。
新吉に返事をする前に、会長はどこかへ電話をかけた。
「権藤さんはいますか。ああ、すぐこちらへ来るよう伝えてほしい。」

権藤?
なんと、権藤が直接関わっているのか!
権藤氏は松重の人事部長だ。
同じ「部長」でも、新吉とは月とすっぽん。
松重の人事の総本山を守る、人事の神と言っても過言ではない。
いずれ松重中枢の経営に加わることが約束されている人物だ。
なんと…。
会長の思い入れがわかり、新吉は改めて背筋が伸びる思いだった。






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