松重コンツェルンにとって、小さな小さな「おらほの家」事業は、爪の先ほどの存在感もないささやかなものだ。
しかし、これを自分を象徴する新規事業として立ち上げ、以後100年でも続けていきたいと意気込んでいる誠一郎会長にとっては格別に大切なものだった。
新吉は未だに物産の社員としての待遇を受けているが、それもそろそろ整理される時期が来た。
その方法は、本社にいる専門家たちが詰めている。

当初、新吉が施設長になることで話が進んでいたが、途中から佐々木今日子の名があがった。
新吉と今日子との間では既定の事実のように思われていたが、東京ではそこがネックになった。
会長のOKが出ないのだ。

ヘッドハンティングをするような会社ならどこでもそうなのだろうが、松重では、当人の面接だけで採用を決めたりはしない。
特に、立場が上になればなるほど、その人となりを慎重に調べる。
ことによれば探偵を雇ってでも調べるところだが、それでは機密保持が難しくなるので、探偵業をする人物が、人事部や総務部に隠れている。 
どこにどんな手蔓を持っているのか新吉には想像もつかないが、この社内探偵たちは、相手が誰でも丸裸に調べてくる。
佐々木今日子を施設長にと打診した時、会長が当然のこととしてしたのは、この社内探偵たちに今日子の周辺を調べさせることだった。

そこでまず明らかになったのは、夫の隆三の仕事だった。
じつに、胡散臭いという。
新吉は、隆三が大学を出てすぐに就職した、某有名電機会社の研究室に、いまでも所属しているものと思い込んでいた。
在宅で仕事をしていると聞いても、いい年齢になったから、自宅での研究を許されたのだろうくらいに思い、敢えて尋ねもしなかった。
それが、会社は数年前に退職しているという。

さらに、社内探偵たちは、今日子がもみの木学園の施設長を…というより県職員を退職するにいたった経緯を記した書面を手に入れていた。
極秘のはずである。
なぜこんなものが手に入るのか。
県のコンプライアンスはどうなっているのか?
新吉は目を丸くした。

その書面が目の前にあること以上に新吉に打撃を加えたのは、そこに書かれた内容だった。
今日子も真理も、自分たちが退職したのは自分たちの落ち度であり事情であって、 誰のせいでもないとしか言わない。
だから、新吉もそういうことなのだろうと思うしかなかった。
隆三からはもう少し突っ込んだ話を聞いていて、誰かの内部告発があって、トコちゃんを家に帰す時の手続きに疎漏があった責任をとらされたのだと、胸の内では理解していた。
そのことは会長にも話してある。

ところが、書面には、トコちゃんの事件だけでなく、今日子が職員に対し、就労規則を意図的に破らせたために、職員が疲労を溜め、トコちゃんのことに対しても正しい判断を下せないほどになっていたと書かれている。
そこに、新吉は自分の孫娘の名前を見た。
真理の名前を見た。
真理が心血を注いでスミレを看てくれたことを新吉は知っている。
しかし、確かに、当時、新吉はスミレへの面会を止められていたから、詳細は未だに知らない。
その真実が、こういうことだったのか?と、新吉は愕然とした。

今日子は、職員を不法に働かせた管理責任を問われ、処分が決められていた。
しかし、その処分が発効する前に依願退職したことになっていた。
真理についても同じような記載があった。
半年以上にわたって休みもなく働かされているという異常な状態に自ら正当な扱いを訴えることがなかった点に指導が入ることになっていた。また、トコちゃんを帰宅させた後の細かな連絡確認を怠った点については以後詳細に調査、となっている。が、それも行われる前に依願退職したとある。
また、このような事態に対し、内部から告発者が出たこと、その氏名も記載されていた。
その名前に、新吉は覚えがあった。
そうだ。スミレの部屋をみてくれていたもう一人の職員が、安代という名前だったではないか!

新吉は、大きな木槌で頭を殴られたような衝撃に耐え、次のことを考えなくてはならなかった。






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