「もしも、私がその仕事をお引き受けしたとしたら…」
今日子は仮定の話をしただけだ。
しかし、セールストークに長けた二人は、その言葉を聞いてニンマリと笑顔を浮かべた。
その顔を見て、今日子は自分が断らないと思われていることに気付いて慌てた。
 
「いえ、やるとは言っていませんよ。けど、もしもです。もしも私がお引き受けしたら、私の要望も計画に入れていただけるのでしょうか?」
「当然です。」
新吉は即答し、胸を張った。
「何かご要望がおありですか?」

「採用に…スタッフの採用に、全面的に関わらせていただきたいと。」
「お安い御用ですし、それは当然のお仕事の一つですね。
採用について何かお考えがあるのですか?」
今日子は少し考えてから、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出した。
 
「…少ない人数で高品質の仕事をするには、スタッフ同士のコミュニケーションが欠かせないと思うのです。
私は、私を内部告発した人物を未だに知りません。
知りたいとも思っていませんが、残念で悔しいのは、なぜその告発を私に直接伝えてくれなかったのかという点です。
私と会話をしない職員はひとりもいませんでしたから、話すチャンスがなかったとは思えません。
けれど、その人は不満を私に伝えず、県に伝えた。
もしも私に伝えてくれていたら、私の思いを語ることもできたでしょうし、その不満に対して善処することもできたかもしれません。
けれども、私は私にとっての最善を尽くすに終わり、その人のために働くことができませんでした。
それは、とても悔しいことだったのですよ。
けれども、それは私の努力だけでどうにかなったことでしょうか?
私は同じ悔しさを二度と味わいたくないと思いますし、不満を伝えるコミュニケーション力がない人物とはともに働きたくないと思います。
それに、その程度の人物では、新吉さんの要求に応えることはできないでしょう。」

「同感です。何一つ訂正する余地のないご意見です。」
新吉は、ようやく今日子の本音を聞けたことに、内容を問わず、心から信頼感が湧き出てくるのを感じた。
やはり、今日子をおいて、この仕事を任せたい人はいないと確信した。
 
「でも、私ではあまりにも…」
決断を渋る今日子に、新吉は最後の切り札をきった。
 
「おらほの家はトコちゃんが名づけてくれました。
会長は言っています、もしもおらほの家があったら、トコちゃんは命を落とさずに済んだのではないかと。
私はどうしても、トコちゃんが命をかけて伝えてくれたこの事業を軌道に載せたいのです。
お願いします。一緒に、やってください。
第二のトコちゃんを生み出さないために。
あなたしか、いないのです。」

今日子にはもはや、断りの言葉が見つからなかった。 







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