「はは、はははは。」
真理が乾ききったわざとらしい笑い声を立てた。
「お呼びじゃないってことね。」
それを聞いた今日子は何も言わず、一度ドアの中に入っていった。

真理はゆっくりと立ち上がり、膝についたわずかな砂をパンパンと力いっぱい払い落とした。
白いスニーカーのつま先の前を、アリが1匹ウロウロと通っていく。
「バ〜カ。」
勤勉なアリに八つ当たりをしていると、ドアが再び開き、今日子が涼しげな茶色のサンダルを履いて出てきた。
手には真理のバッグを持っている。

「さ、うちに行って久しぶりにおしゃべりしましょう。すぐそこだから。」
今日子の誘いを真理は断りたかった。
完全な敗北感に苛まれた心で、誰かと一緒にいるのは苦痛だった。
だから夕べ断ってしまえばよかったんだ。
私なんて全然いらないじゃない。

結局は母親なのよ。
どうやったって、母親の代わりにはなれないのよ。
なのに私ったら、母親から子供たちの関心を奪おうとしているなんて思ってた。
死んでしまった自分の子供と同じように愛すれば、私は母親以上の存在になれると思ってた。
バカみたい。
バカみたい!

頭が最低の言葉で自分を非難するのを止められないでいる真理を、今日子はなかば強引に引っ張って、自分の家に連れて行った。
隆三は2階の書斎で仕事中のようだった。
どうしても今日仕上げなければならないものがあると言って、新吉の家に行くのも断念したのだ。

真理が連れて行かれたリビングは本当に広くて、明るい色の木目が美しかった。
白い革張りのハイバックの3人がけソファーは、子供がいない家の特権のように悠然と客を出迎えている。
庭に向かっている大きなサッシの脇には、大きな葉の観葉植物が置いてあった。

汗ばんだ体に、エアコンの心地よい風が吹いてくる。
白いソファーに座らせてもらった真理は、大きく息を吐いた。
「アイスティーでいい?レモングラスで淹れたのよ。」
透明なガラスのティーポットと氷が入ったグラスをお盆に乗せて、今日子が戻ってきた。

「おつかれさまでした。」
つぶやくように言いながら、今日子がお茶をグラスに注ぐ。
ダブルグラスの内側に浮き上がるように、薄い黄色のアイスティーが止まって見えた。
手を伸ばさずにグラスを見つめる真理を、今日子は黙って眺めていた。






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