もうひとつ、新吉には迷っていることがあった。
それは、「おらほの家」の経営者に関することだった。
これも、二つの考えが渦を巻いており、この頃の新吉は迷ってばかりだったと言える。

あの年の7月中旬。
スミレの学校も夏休みに入った。 
今日子が退職して1ヶ月半が過ぎている。
新たな施設長が赴任し、学園の雰囲気がだいぶ変わってきたらしいことが、スミレを通じて伝わってきていた。

タイムリミットだ。
どちらにしろ、はっきりした結論を出さねばならないと思った新吉が向かった先はミドリが入院している病院だった。
正月以来、ミドリはたびたび外出や外泊の許可を得て、家に帰ってきていた。
それでも、医師から退院などの話が出るまではそっとしておこうと思っていた。
ミドリの回復を考えてのことだと思おうとしていたが、本当はそうでないことに、新吉はもう気付いていた。

ミドリとスミレの対面から逃げたかったのだ。
もしもあの親子が関係を修復できないとした時、自分はどうしたらいいか、考えただけでも頭が痛くなってくる。
どれほど困難な仕事でもひるむものではないと自負してきたが、家庭のことは、からっきし自信がなかった。
自分の妻が何を考えているかもよく分からなかったほどだ。
娘の家庭がとんでもないことになっていることにも気付かずに、義理の息子を死なせ、娘を壊し、孫を傷つけた。
全てを自分が原因と思うほどお人よしではないが、全ての責任から逃れてきたのは事実だと確信するからこそ、スミレのその後には一生懸命になってきた。

ミドリのことも見守ってきたつもりだが、その二人をまた家族にできるのかについては、とても難しいことのように思われた。
だから、ミドリの入院は都合がよかったのだ。
入院中はスミレに会えなくても当然だと、納得できる。
寂しがるスミレをすぐに家に引き取らなかったのも、一面には、同じ心理がはたらいていたことを認めないわけにはいかない。

でも、それも終わりだ。
前に進まなくてはと、カレンダーが教えてくれた。
すっかり通い慣れた病院への道が、その日ばかりは長く感じた。
梅雨が明けたばかりの東京は、熱帯かと思われるほどの湿った熱い空気に包まれている。
アスファルトがギラギラと光っている道を、新吉は肺の中に煮えるような空気を入れながら進んでいった。






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