せっかく一次方程式の解き方を分かりやすく説明してやろうとしたのに、スミレに逃げられてしまった隆三は、手持ち無沙汰のまま廊下をうろうろと歩いた。
ここは、いつでも暖かい。
もともと幼稚園だったのだが、子供が少なくなって廃園になっていた。
それを「おらほの家」に活用するアイディアを新吉に授けたのは隆三だった。

もともとが幼稚園なので、平屋でしっかりした建物が立っている。
給食が出る幼稚園というのが売りだっただけに、立派な厨房があった。
更に、雨の日の活動用だろう。広い玄関の突き当たりに、さらに広い部屋…体育館というプレートがかかっていた…があった。20センチほど床を高くした舞台もついている。この部屋の存在価値は無限大だ。
それだけではない。
園庭にあった遊具は閉園とともに撤去されていたが、道路に面したところには煉瓦で囲まれた大きな花壇が整備されていた。
また、スクールバスが出入りしていたため、大きめの駐車場があった。これなら送迎バスの運行も視野に入れられるし、送り迎えの家族が近隣の林檎畑にやってきているトラックに迷惑をかけることもない。
それに加えて園庭があるのだから、盆踊りでもバーベキューでも、ゲートボールでもかまくら作りでも、やりたい放題にできるだろう。
それが、いくらかリフォームするだけの状態で活用できるのだ。

5年前の3月。
あの寿司パーティーのあとすぐに新吉が実物を見に訪れ、ひと目で気に入った。
会長に説明しただけで買い上げが通ったと聞いたときにはガッツポーズだった。
さすが松重グループのことだけある。
幼稚園には格安の賃貸で土地を提供していた地主は、一も二もなくそこを手放した。
具体的な数字は聞いていないが、相応の金が動いたのだろう。

ちょうどその頃、高値を更新し続けていた株価が38915円という高値を期に下がり始め、時として暴落するという出来事が繰り返されていた。
パニック売りに釣られて、ますます下値を切り下げていく様子に、投資家たちは青くなっているらしい。
気がつけば株価は最高値の半値ほどになりつつある。
それでも、一時的なことだろうと隆三は思っていた。
何かの拍子に、新吉に意見を問うと、そう安穏な話ではないかもしれないよと前置きして、常々会長が、好景気に乗じて手を広げすぎることがないように、本業を外れて利殖に走ることがないようにと戒めているという話を聞いた。

それを聞いたとき、隆三は松重グループは現会長の代で尻すぼみになっていくのではないかと危惧した。
チャンスは大胆に掴まねばならない。
機に乗じることなくして、どうして大きくなれようか。
上がれば下がるのが株価であり、景気だ。
何をびくびくしているのだろうか。 
まだまだ若造らしい会長に意見してやりたいと思っている自分に隆三は笑ってしまった。
自分には関係のない話だ。

今日子が毎日家にいるようになった6月を、隆三は何とも言えない気分で迎えた。
妻が仕事にどれだけ心血を注いできたか、傍で見てきている。
どれだけ評価が高かったかも知っていた。
それが、思いがけない事件があったからといって、こうまで見事に足元を掬われていいものだろうか。

事情を聞いた隆三は怒りに震えた。
あまりに理不尽だと思った。
なぜお前が辞めねばならないのかと、声を荒げて今日子を責めた。
今日子は目を伏せて、ごめんなさいと言う。
謝る今日子にまた腹が立った。
謝るのはお前じゃないだろう!なぜ戦わない?なぜ跳ね除けない?なぜむざむざと踏みにじられるのか?
怒りを覚えることが滅多になく、それを表現することはさらに稀な隆三だが、この時は怒り狂った。

その時の今日子の言葉は一生忘れないだろう。
「私は、私を愛し、信じてくれる人とともに生きたいの。
私のことを取り替えの効く道具や駒に見ている人とこの先どれだけ時を過ごしても虚しいだけ。
私を愛しなさいと命令しても、愛は生まれないわ。
対立の中に信頼は育たない。
立場を守ることにはなんの意味もない。
あそこはもう、私の居場所ではなくなったのよ。
それとも、私は不運な子供たちのために、自分の尊厳を捨てなくてはならないの?
そんなことはないでしょう?
だって、幸せな大人にしか、幸せな子供は育てられないのよ!」

隆三は言葉を失った。


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