「そうか。会いたいか。」
新吉は、静かな声で答えた。
いつ言い出すのだろうと待っていた。
その時にはどう答えようかと考えてもいた。
でも、事前の思考などはるかに凌駕する喜びが、さざ波のように押し寄せてくる。

ミドリと面会できるようになって以来この時まで、ミドリは一度もスミレのことを口に出さなかった。
気にならないのだろうか、心配ではないのだろうかと疑った。
もしかしたら、自分に娘がいることなど忘れてしまったのではないかとも思った。
しかし、担当医からは、新吉から娘や家族のことについて問いかけるのを厳重に戒められていた。
だから、聞けなかったのだ。

「スミレは、長野の施設にいるのでしょう?」
「そうだよ。誰から聞いた?」
「先生から。元気にしているから、心配いらないって。」
スミレが近所の小学校に上がってすぐ、悲しいいじめに遭ったことや、もみの木学園に入園した時のとてつもない葛藤を、ミドリに聞かせるわけにはいかなかった。

「少し大人になったようだよ。それに、背が伸びた。」
本当だった。
食欲の秋を迎えた頃、新吉が会いにいくと、なにやらこぶし一つ分くらい、大きくなった気がした。
気のせいかと思ったが、本当に背が伸びたらしい。

年末年始はミドリと過ごすことが決まっていたので、クリスマスプレゼントを抱えて会いに行った。
背は伸びてもスミレはスミレだ。
未だにキティちゃんを溺愛している。
新吉は、赤ん坊ほどの大きさをしたキティちゃんのぬいぐるみを買い、女の子が喜びそうな包装と大きなリボンで飾ってもらった。
カバンに入らないサイズの派手な贈り物を抱えた50代男性。
列車の中で会う人は、愛人に貢ぎに行くのではないかとおもっているんじゃないだろうか?と想像するのも愉快だった。
愉快に思えるようになった自分がおかしかった。

クリスマスのスミレは、落ち葉のころよりもさらに大きくなった気がした。
顔が、大人びたのかもしれない。

「ママがね、おうちに少し帰って来るんだよ。」
新吉は、そろそろベッドに入ろうか?というのと同じくらいさりげなく、そのことを口にした。
「そう。」
スミレの返事はそれきりだった。
ミドリが入院してから、スミレは一度もママのことを言わなかった。
スミレがママのことをどう思っているのか、こちらもわからない。
真理にも聞いてみたが、わからないと言われた。

新吉は、ふと、この親子にとって何が幸せなのかわからなくなったのだった。

親子とはあんなふうに温かく、美しくいられるものなのに。
会長の奥方とお嬢さんから受けた衝撃は、我が娘親子の悲しみを際立たせた。 





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