家の中から埃が一掃された。
ミドリが帰宅した翌日29日には、一緒にスーパーに買い物にでかけ、玄関に飾る松飾りとお供え餅を買いこんだ。
すぐにも飾ろうとする新吉を制して、ミドリは玄関のドアを水ぶきし、リビングの窓ガラスを磨きにかかった。
カーテンを片っ端から外す娘を手伝って、新吉はカーテン洗濯係になった。

近所の弁当屋で買ってきた海苔弁当が、二人で食べると本当にうまかった。
ミドリの箸を持つ指先が真っ赤になっていた。
きっと、窓ガラスを洗った水が冷たかったのだろう。
黙って温かい茶を入れて、ミドリに差し出した。
ミドリはそれを黙って受け取ると、両手の指をそろえて湯のみを包んだ。
頬に赤味が差しているのは、寒さのせいなのか、それとも心の温かさか。

家の中が清潔に片付くにつれ、新吉はこの家を建てたばかりの頃を思い出すことが増えた。
それを、問わず語りにミドリに話していく。
ミドリはこんなに大人しい子だったろうか?
不機嫌ではない表情で、手を動かしながら、黙って聞いていることが多かった。

掃除しなくていいと、最後まで手付かずにしておいた新吉の書斎を残して、たいがい片付いてしまった30日。
ミドリはどうしても掃除したいと言った。
新年を、何もかも新たな気持ちで迎えてみたいの。
そう言われると、断れなかった。

ミドリが先に立って書斎に入る。
後から続いた新吉は、何か言われる前に、申し訳なさそうに言い訳した。
「今している仕事がなかなかはかどらなくてね。調べることや考えることが多くて、片付けが後回しになってしまったんだよ。」
書斎は、新吉が歩く幅を残して、所狭しと書類や本が広げられたままになっていた。
「いったい、何を調べているの?」
ミドリは心底不思議そうに尋ねた。

別に隠す必要もない。松重ホームの企画を任されてからの経緯を語って聞かせた。
不思議なことに、いつの間にか娘に対して話していると言うよりも、一人の対等の社会人を相手に説明しているような感覚に襲われた。
ミドリは病気の娘だと思って扱っていたが、そうではないのかもしれないと感じた途端に、新吉は心がなんとも言えず軽くなるのを感じた。

一通りの話を聞き終えると、しばらく何かを考えていたミドリが、ぽつりと言った。
「やっぱり、一番の幸せって、自分の力で生きられるってことじゃないかな。」
新吉は、スミレの話を聞こうとする時の姿勢を、この時も自然にとっていた。
それはどういうこと?と言葉で聞き返す代わりに、ミドリがもう一度自分から言葉を継ぐのを黙って待った。
「生きていくって、本当に大変。楽じゃないし、簡単でもない。それでも、生きているってことは素晴らしいって思うようになったんだよね。けど、生きてさえいればいいとも言えない。」

ミドリは書斎の絨毯にそのまま座って、手近な書類をなんとなく手にとった。





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