年末、松重物産も年末・年始の休暇に入った。
丁度その時期に合わせて、ミドリに外泊の許可が出た。
薬の効果から落ち着きを取り戻したミドリの回復は著しく、看護婦を伴っての一時的な外出から、ひとりで買い物にでかけたり、公園を散歩したりすることもできるようになった。
気持ちの激しい波が収まり、 時として心乱れる時には、どうしたらいいのかを思い出せるようになった。
これが、回復への大きな道しるべとなる。

人は誰しも、心乱れずに生きていくことなどできない。
正常と、そうでない状態との境目にあるものは、心乱れている自分を見つめるもう一つの目の存在だろう。
もう一つの目は教えてくれる。
さあ、深呼吸をしよう。
今は叫ぶがいい、けれどもその後は嫌な気持ちが湧きおこるかもしれないよ。 
人が見ている、人が傷つくかもしれない、今ここでなくてもいいことではないか?
その目がみるもの、語る声に耳を傾けられるかどうかが、実は「社会性」なのかもしれない。

12月28日、病院に迎えに行った新吉と一緒に、ミドリは帰宅した。
新吉は心の底で恐れていた。
かつて反発を感じた家。かつて彼女を狂気に誘い込んだ思い出の家。母が死んだ家。
そんなところに帰ることが、ようやく静かさを取り戻した彼女の心を再び掻き乱すのではないか。
しかし、帰宅を望んだのはミドリ自身だった。

新吉は、ミドリが妊娠したと言い出した前のごく普通の女子高生だったミドリのことを、うまく思い出せなかった。
それもそのはずで、当時の新吉は仕事だけに生きているようなところがあった。
家庭のことはすべて妻に任せてあり、休日でも接待だのゴルフだのと家を空けて省みることがなかった。
夜はいつも遅いので、娘の姿を見るのは朝食の時が多かった。
時折、大きくなったものだと思うことがなくもなかったが、それは、朝刊が毎朝届くのと同じくらい当たり前のことで、「出来事」ですらなかった。
かわいくなかったわけではない。
けれども、かわいいからこそ、この子が幸福な生活を送れるよう、せいぜい稼ぐのだ、それが自分の役目だと思っていた。

病院を出た二人は、真っ先に、ミドリの母で新吉の妻の墓に詣でた。
ミドリは母の死にも葬儀にも立ち会っていない。
墓の前で、新吉はミドリに初めて、母の最期の様子を語って聞かせた。
黙って聞いたミドリは、静かに長い時間、手を合わせていた。
ミドリが花屋で選んだ花は、黄色が鮮やかな水仙だった。
その花言葉が「私の元へ帰って」だということを新吉が知ったのは、ずっと後のことだった。

家に帰りつくと、ミドリはさして疲れた様子も見せずに家事を始めた。
娘の家事能力がどれほどか、いまひとつ分からなかったのは、新吉が真剣に娘夫婦の家を見るようになったのが、すでにミドリが壊れ始めた時だったからだろう。何一つできないのか?と思う状況だった。

しかし、幼な妻として家を守っていた時期があったミドリの家事は、しっかりとしたものだった。
父の汚れ物が洗濯機の前におかれたカゴに乱暴に投げ込んであるのを見つけると、微笑みながら洗濯機を回し始めた。
その間に、座布団だのマットだのを庭に干して日に当てると、掃除機を引き出してきて、丹念に埃を取り除き始めた。
新吉も、ミドリの視線の先を見て、ビックリするほどの埃がたまっていることにようやく気付いた。
そういえば、掃除機をかけたのはいつだっけ?
自炊はそれなりにしていたが、暗くなってから帰るのをよいことに埃の存在からは目を背け、掃除はいつもテーブルを拭くくらいだった。

ソファーの上に膝と新聞を抱えて座った新吉は、動き回るミドリを黙ってみつめていた。





人気ブログランキングへ