「うまい言葉が見つからないんですけどね…」
オーナーは熊のような見た目を裏切らない言葉から話し始めた。
「自分はどうして料理を作っているのかと言うと、その人が死ぬ時に『ああ、あれはうまかった』と思い出してほしいからじゃないってのと、同じだと思うんです。」
それは、新吉にとっても至極当然の話だった。

「自分が毎日毎日料理を作ってお客様に召し上がっていただくのは、今この場で『ああ、うまいなぁ』と思ってほしいからで、まぁせいぜい、ここでうまい飯を食ってもらって、またいろいろ簡単じゃない毎日に出かけていく元気を出してほしいなというくらいだと思う。」
うんうん、と新吉は深くうなずいた。それはそうだろう。
どんなにうまい料理を提供されても、「どうですか、これで最高の味を知ったと満足で死ねますか?」なんて聞かれたら、馬鹿なことを言うなと腹が立つだろう。

「同じ事じゃないですかね。星川様の『終末期ホーム』というのは、よりよく生きるためではなくて、よりよく死ぬためにあるように聞こえたんですよ。」
オーナーはズバリと核心を突いたことが自分でもわかったらしく、一瞬はっと目を見開いた。そして、
「すみません、うまく言葉が選べなくて。」
と、フォローにならないフォローの言葉を付け加えた。

「言葉なんか選ばなくていいよ。本音で話してくれ。」
新吉の後押しを受けて、オーナーは少し背中を伸ばして居住いを正すと、盛大にひとくちワインを飲みこんで、話を続けた。
いつのまにか、愛妻が隣に座り、かわいらしいまなざしを彼に向けている。

「それに、会長さんが何を考えているかなんて、どうでもいいんじゃないですかね。」
「それは…」
今度は新吉が目を剥いた。

「もし、こうしてほしいという形が決まっているなら、手っ取り早く伝えてくれるはずじゃないですか。それが、四字熟語で戻ってくるということは、会長さんにも具体的なイメージがあるわけではなくて、星川様の内側から湧き出て来る何かに期待されているってことだと思うんですよ。会長さんの意を汲んでほしいのではなくて。」
細君が、うんうんと大きくうなずいた。
あっぱれ、わが夫と今にも声を上げそうなほどに目を輝かせ、頬を紅潮させて夫を見つめている。

「なのに、星川様は結局、会長さんの意に沿うかどうかばかり考えてないですか?」
新吉は息を飲んでオーナーをみつめた。
「すでに存在している答えを探すのではなくて、今ここにない何かを生み出してほしいんだと思いますよ。それに…」
オーナーの言葉が一度途切れた時、新吉はすっと息を吸い込んだ。
ようやく呼吸するタイミングを見つけたようなしぐさに、新吉自身が微笑んだ。

「おいおい、まだあるのかい?」
冗談めかした本音が、オーナーをも微笑ませる。
「すみません、どうせですから出しつくしていいですかね?」
「毒を食らわば皿までと言うしな。もちろん、聞きますよ。」
「毒とはひどいなぁ。いえね、これって、安曇野にできるんでしたよね?」
「ああ、そうだよ。」
「星川様のこれまでのアイディアって、全然安曇野の香りがしないなぁと思ったものですから。」





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