新吉が2度目の企画書を仕上げたのは、気の早いコスモスが花を咲かせた頃だった。
理想を追うのは素敵だが、会社に損失を与えるわけにはいかない。
競合他社も多く、少子高齢化と言われ始めたこの国で、介護産業は成長分野だ。
松重の名に甘えた安易な企画は慎もうと新吉は考えた。

そこで、新吉が2度目の企画として提出したのは、純粋な高齢者ホームだった。
競合他社よりも若干低料金の利用料を設定し、その範囲内で可能な介護を実現しようというものだ。
自然と、高度な医療を要するような高齢者は対象から外す。
その分、入居時の契約金として500万円ほどを申し受けるほかは、毎月居室料と食費、その他の費用を前払いで受け取る。
これならば、会社に損失を与えることはそれほど多くないと思われた。
料金設定を誤らなければ、利益もあげられるだろう。

慎重に立てた案だったが、会長からは再び「再考」の朱文字で戻ってきた。
今度はメモが四文字添えてあった。
「首鼠両端」
読み方も意味も分からなかった新吉は、かつての部下だった男性から国語辞典を借りて、四苦八苦しながら調べた。
しゅそりょうたん。ぐずぐずと思い迷い、態度を決めかねていること。日和見的。
思わず大きなため息を吐いた新吉は、会長の痛烈な叱咤を感じた。
前回の理想はどうしたんだい?もう捨てるのか?

言われるまでもない。
最も居場所を必要としている人に、それを提供したい。
それも、喉から手が出るほど欲しくなるような形で。

銀杏の葉が黄色く色づき、灰色の歩道に絨毯を敷き詰める頃、新吉は第3の企画を練り上げた。
「終末期ホーム」が、それだった。
人はいつか死なねばならない。
その瞬間を恐ろしいと思うか、やむなしと思うかは、それまでの生き方に左右されるのだろう。
しかし、たとえそれまでの生き方がその人を孤独にし、誰ひとり彼もしくは彼女の死を悲しまない環境にあったとしても、松重ホームのドアをノックしてくれたら、そこには彼らの家族同然になる人々が、両手を広げて待ち受けている。
静かで温かく、安らぎのある住まいと、死後の一切までもに寄りそう人々を提供すること。

しかし、会長からはまたもや「再考」だ。
今度の四文字は「本末転倒」だ。
これは知っている。ほんまつてんとう。物事の大切なことと、そうでないことが逆転しているということだ。
何が?

この答えにたどりつけない。
新吉は頭を抱えた。





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