もみの木学園がどんなに住み心地がよくても、そこは「家庭」ではなく、共同生活の場だ。
多くの人が「家庭」という場で育つという経験を持つ以上、同じ経験を持てるなら持っている方がいいという考え方を否定する理由はない。
家庭を知らなければ不幸になるということはないが、経験知として知るチャンスすら与えられないのは不平等だろう。

しかも、「家庭」と学園の共同生活で大きな差になるのは、養育者をシェアするか、一人占めできるかだ。
さらに、「家庭」には休みがない。
勤務次第で定期的に休暇が入る職員と違って、家庭には養育者が必ずいるものだ。
幼い子供ほど、この二つの条件は何物にも代えがたい贈り物となる。

里親の申し出を受けることは、学園にとってこの上ない恵みとなる。
ましてメグちゃんの里親を申し出た柳沢夫妻は、学園の近くに住んでいて、これまで学園にもたびたびボランティアに来てくれていたこともあり、安心してメグちゃんを里子に出せると思われた。

メグちゃんの担当だった真理は、相手がだれであっても子どもたちを手放したくない気持ちを密かに抱き続けている。
かといって、今後この仕事を続けていけば、担当する子どもの数は増えていく一方で、それを自分一人が抱えていけるものではないということも、重々分かっていた。
それに、学園にいられるのは18歳までで、それ以降はみなそれぞれの生活の場を見つけて移っていく。
遅かれ早かれ、別れの時はやってくる。
それは親子であっても同じだろうと思うと、自分の思いは身勝手なもののような気がしてくるのだ。
しかし、職に就いて以来担当してきたトコちゃんにも帰宅の話が持ち上がっている時だったので、寂しさはどうしようもなく、二人も同時にいなくなるかと思うと、夏がやってきたばかりだと言うのに、心に木枯らしが吹くような思いだった。

柳沢夫妻の一人娘は大学生になったと聞いていたが、詳しくわかったところによると、アメリカに留学したらしい。
ゆくゆくはそのままアメリカに留まり、職をみつけていこうと思っているということで、職員たちは言葉にはしないものの、なおさら安堵をおぼえた。

というのは、実子がいる家に里子に行った場合、最初のうちはよいが、時間がたつにつれ、実子と里子との間にどうしても扱いの差が出て、里子が辛い思いをするというのはよくあることだからだ。
真理のように、養護施設での勤務が初めての職員には想像しにくいことかもしれないが、長く養護施設を渡り歩いているベテランたちの間では、これはほとんど常識といっていい事実だった。

また、里子にも二種類ある。
もともとの戸籍のまま、一定年齢までの養育を請け負ってくれる里親と、養子縁組をして戸籍まで自分の子として受け入れようという里親だ。
一定年齢の多くは18歳なので、そこから自活していく方向性は養護施設と変わらない。
また、そのような里親さんは、二人目三人目と里子を預かる場合が多く、決して親を独占というわけにはいかない。
ただ、居場所が公共機関でないというだけ…というケースもあるほどだ。

その点、柳沢夫妻はメグちゃんと養子縁組したい意向だ。
学園にボランティアに来るたびに、メグちゃんの明るい笑顔と闊達な姿に惚れ込んでしまったというのだ。
アメリカにいる娘もすでに賛成してくれていて…というあたり、手回しがよい。
どうしても、の情熱が伝わって、学園では歓迎ムード一色となった。
ひとり、真理だけが懊悩している。







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