何が起きたのか問いただす今日子に、母親や民生委員がぼんやりとした事実を説明する。それをつなぎ合わせてみると、トコちゃんの気持ちがようやく分かった気がした。
それは、あまりにも切なく悲しいことだった。



トコちゃんが帰宅した3日目、早くも男は父親ではなくなっていた。
下品な言葉、乱暴な行動は、男が帰って来てから見せていた反省や誠意めいたものが偽りであったことを如実に物語っていた。
この男と共に暮らしていた時は幼すぎて何も覚えていなかったトコちゃんにとって、それは恐怖以外の何物でもなかったろう。
何度会っても好きになれない男だったが、父親だから一緒に暮さねばならないと言われると、どうしようもない気がしたのだろうと想像できた。

母親のことも、どうにも好きになれないと、トコちゃんは言っていた。
悪い人ではないのだろうが、とにかく居心地が悪い。
一緒にいても寂しくて寂しくてしかたがない。
粗末な食事は味気なく、まるで動物に餌を与えるようにしてつきだされるグチャグチャとした皿を見て、トコちゃんは、どうしても学園に帰りたくなった。
ひとりで帰ろうと決意するのに、時間はかからなかったようだ。 

4月が近いというのに、その日の長野は厚い雪雲に覆われ、真冬の風が吹いていた。
昼過ぎには雪が降り始め、解けきらずに残っていた雪の上に、真っ白に降り積もり続けた。
夕方、男は小言を言いながら家を出て行き、夜になっても戻らなかった。
母親は、こたつに入ったままうとうとしている。

トコちゃんはチャンスだと思ったに違いない。
そっと家を抜け出した。
学園を目指して、ひとり歩き続けた。

びしょ濡れになったトコちゃんを遠い町で見つけたのは、たまたま車でとおりがかった、隣の家の男性だった。
すでに、日付が変わろうという時間だった。
とうてい、小学生の女の子が一人で歩く時間ではないし、傘もささずに雪に降りこめられ、凍えながらバス停のベンチに座っている女の子を見て、驚いて車を停めて近づくと、知っている子だったのだから、尚更驚いた。

慌てて車に乗せると、家に連れて帰り、ドアを思い切り叩いた。
何軒も入っている安アパートのことで、うるせぇ!と他の家から怒鳴り声が聞えるほどに叩いて、ようやく母親がのそりと出てきた。
「トコちゃん、外にいたよ。何してんだよ。凍えているよ。早く着替えさせて、寝かせてやりな。」
そう言うと、ドアの中に押し込んだ。

父親は、まだ帰っていなかった。
イレギュラーな出来事に対処するのは、母親がもっとも苦手とすることだ。
母親は、寝かせてやりな、というさっきの男性の最後の言葉だけを覚えていた。
「トコ、もう寝なきゃ。夜だよ。」
そういうと、積もった雪が車の中で溶け、なおさらびしょ濡れになった髪も服もそのままに、トコちゃんを布団の中に押し込んだのだ!







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