「スミレさんが発熱でお休みと聞いたので、気になって…。」
幸子が頭を下げながら答えると、その声を聞きつけた真理がベッド脇の椅子から腰をあげて扉までやってきた。
「わざわざすみません。」
真理が頭を下げた。 

真理の後について、スミレのベッドまで行く。
部屋の中はいかにも小さな子どもの部屋らしく、おもちゃやぬいぐるみがあちこちに置いてある。
小学校1年生の女の子が好みそうな小さくて、柔らかくて、かわいらしいものばかりだ。
でも、案外片付いているのは、その数がけして多くないからだろう。

眠っているスミレの枕元には、キティちゃんのぬいぐるみが置いてある。
初めてスミレが学園を訪れた日に、ふたりは友達になった。
平日の昼間にベッドで眠っている友人を、心配しているのか信じているのか、キティちゃんの表情からはうかがうことができない。

「熱はもう、下がりましたよ。でも、本当によく眠って。こうなったら、起きるまで寝かせておくことにしようと思いましてね。」
「はい。私のせいで、こんなに疲れさせて。」
幸子は思わず目を伏せた。
「疲れるって、そんなにいけないことですか?」
「は?」
真理に問われて、幸子は思わず真理の顔を見上げた。
「熱が出て、もう動けなくなるほどまで頑張れるって、健康な証拠じゃありませんか。」
突飛な発想に、幸子には返す言葉が浮かばない。
「人生、疲れもせず、病気にもならず、怪我もしない範囲で生きていたら、それって生きている意味があるのかしら?って思うんですよ。
お医者様には、病気は悪いものかもしれないけど、私は、病気は身体の言葉だと思っています。」
「身体の言葉…」

「熱が出る、お腹をこわす、胃が痛い、腰が痛い、そういうのは全部、きっと身体からのメッセージです。スミレちゃんの身体は熱を出して、『ここは一回じっくり眠ろう』と語りかけてくれているんです。だから、むやみに薬を飲ませて熱を下げなくても、身体が本当に求めることをしてあげたら、熱は勝手に下がってくれます。」
そんな考え方を初めて耳にした幸子は、唖然として、ただ聞くばかりだ。

「熱が出たからと、何も考えずに解熱剤を飲むのは、不満を語る親友の口をふさいで黙らせるようなものです。そんなやり方、親友に対するものではありませんよね?親友なら、話の中身が不満や不安ならなおさら、一生懸命聞いてあげるでしょう?」
「確かに。口をふさいで話すなとは言いません。」
「そうですよね。他人にはできるのに、自分の身体に対してはそうしない人がとても多い。お医者様を信頼するのはいいけれど、自分の身体との対話を他人任せにばかりしていていいのかしら?って、私はいつも思うんです。増して、無視して耳を貸そうともしないなんて、言語道断だわ。
それでも身体は親切だから、もっとひどい症状を出して、分かりやすく語りかけてくれます。それでも無視したらもっともっと症状を重くして、今度こそ分かってほしいと訴えかけてきます。そうやって、身体が必死で語りかけてくれるのを無視し続けているうちに、歩けないほど悪くなったり、命がけになったりする。違いますか?」

幸子は、思い当たることがいくつもあるような気がした。
でも、それで全ての病気を語れるわけでもない気もする。

「身体も心も、過去も今も、全部まとめてスミレちゃんです。彼女はいま、文字通り全身全霊で愛を吸収しています。これからもいろいろなことが起きると思いますが、その全部を愛してあげたいと、私は思っています。」
真理の言葉は、さざ波のように幸子の胸に届き、沁み込んだ。

「はい。私にできることはわずかですが、そのわずかなことを、私も、愛を込めて、させていただきたいと思います。」
幸子と真理はそろってスミレの寝顔を見つめた。
看護学生がそんな二人を見つめている。
そんなベッドの光景を、今日子が廊下からずっと見届けていた。

丁度その時、大きく寝がえりを打つと、スミレが目を覚ました。
あたりに何人も人がいることに気付いたようで、不思議そうに見まわしている。
「あ、マリアンヌ!なんでいるの?」
スミレが愛着をこめた張りのある高い声で幸子を呼んだ。







ポチッと応援お願いします