「では、みなさん、次は水中サッカーに挑戦です!」
ええっ!?
子どもたちの驚く声が響く。
マリアンヌは、バランスボールが浮いている所まで水中を歩いて行くと、エイッと足をあげて、ボールを蹴飛ばした。
プールの中だから、蹴飛ばすと身体のバランスがくずれて、水の中に沈んでしまう。
ボールはポンと飛び上って、すぐにパンパンと音を立てて水面に戻ってきた。
マリアンヌは一度沈んだ水中からプワッと浮き上がってくると、また次のボールをめがけて歩きだした。
「だめだ!ボールがいっぱいありすぎる。みんな、手伝って〜!」

江夏先生がデッキのスイッチを押すと、次の曲が流れ始めた。
 
   なんでもかんでも みんな
   おどりをおどっているよ
   おなべの中から ボワっと
   インチキおじさん 登場♪

ワァッと歓声をあげて、子どもたちがプールに入って行く。今度は大岡先生がプールサイドに残り、江夏先生と田端さんが子どもたちと一緒に飛び込んだ。

大岡先生は、プールサイドにつま先をかけて、いつでも飛びこめる姿勢で子どもたちを見守っている。
そんなことは関係ないとばかりに、子どもたちはボールに寄って行く。
さっき、田端さんに叱られかけたたっくんが、最初にエイッと掛け声をあげながらボールを蹴った。
「おお、うまいぞ!」
大岡先生がすかさず誉める。
たっくんは有頂天だ。

小柄なスミレは、プールの真ん中まで歩いて行けない。
ちょっと進むと、ズブッと頭の上に水面が来て怖いのだ。
そこへ、江夏先生がバランスボールを転がしてくれた。
「キックがだめならパンチもいいよ!」
スミレはボールをパンチしてみたが、意外なことに、ボールが重くて動かない。
握りしめていたプールサイドから手を離して、両手でボールを思い切り押してみた。
ボールが飛んでいくのと同時に、スミレの身体がぐらりと揺らいで、水中にもぐってしまった。
すかさず、マリアンヌがすくい上げてくれたので、スミレは少しも水を飲んだりすることなく、水中に潜れる自分を発見した。

プールサイドから、大岡先生の指示が飛ぶ。
「田端さん、ジンタがまだボールに触れてないぞ。江夏先生はなっちゃんを見て!たっくんとはじめは一人でも大丈夫そうだから俺が見てる!」
ああ、これなら動きやすいと、江夏先生はご機嫌だ。
大岡先生のリーダーシップを初めて感じた気がした。
やればできるんじゃない。

「最後はボールを全部飛び込み台の下に並べるよ!」
マリアンヌの指示が飛んだ。
大岡先生が飛び込み台のある方に移動して待ち受けている。
大きい子も小さい子も、ボールを押したり飛ばしたりしながら、プールの端までボールを運んだ。

大岡先生は、内心度肝を抜かれている。
マリアンヌは、大岡先生たちが1学期にあれほどてこずった、「水に顔をつける」という課題を、たったひとつの運動で乗り越えさせてしまった。
今、誰も、顔に水が飛ぶのを嫌がっていない。
満面の笑顔で大岡先生のいる方向へボールを押しながら、まだ足りなくてブクリと潜る子もいる。
いったい、どうなっているんだ??

子どもたちはボールを指示された位置に並べると、、梯子をつたってプールサイドに上がってきた。
ひとり残らずゴロリと寝転んで、自主的に休憩している姿がなんともかわいい。
水族館のアザラシプールみたいだなと田端さんは思った。
が、真っ白なゴマフアザラシの赤ちゃんに一匹だけ混ざって甲羅干しをしているガラパゴスゾウガメみたいな江夏先生の背中を見ると、誤解が怖くて口には出せなかった。

マリアンヌはCDを入れ替えた。
のんびりとしたウクレレが流れ始めた。
これは確か、ブルーハワイだ。大岡先生は思わず目を閉じて耳を傾けたくなって、いかんいかんと首を振った。指導中だった。危うく忘れるところだった。
普段は多動で手を焼いているひろしも、今は脱力してみんなと一緒に寝転んでいる。
あ、次のこれは…カイマナヒラとか言うんじゃなかったかな?
ミンミンゼミの声も響く中、プールサイドはハワイのリゾートホテルのような雰囲気に包まれた。

ハワイアンが2曲終わると、マリアンヌが静かに声をかけた。
「どうする?今日のプールはもう終わりにする?それともまだできる?」
「だって、メガホン、どうするの?」
「うん。遊ぼうと思ったけど、みんなが疲れちゃったならまたにしよう。」
「やだ!やる!!」
アザラシの子どもたちがムクムクと起き上がった。

「じゃあね、ちょっと見ていて。」
マリアンヌが白い足を延ばして、すっと水に飛び込んだ。






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