「誰のせいでもないことは分かっているんです。けれど、辛くて寂しい気持ちがいつも身体の中に沈んでいて、どうしようもありませんでした。なんとか高校を卒業し、短大を終えて、介護の仕事に進んだのは、自分は人のお世話をするのが天職だと思いこんでいたからです。それしか誉められませんでしたからね。それに、ありがとう、ありがとうと言われるのは、正直嬉しかった。自分は必要とされているんだと、ダイレクトに感じることができました。

娘の心臓の病気も、弟のように、いつか元気になると思えました。私は両親に気にかけてもらえず寂しかったけど、そのあと、辛いこともたくさんあったけど、自分の家庭を持って、今度は一人っ子の娘に、誰に気兼ねもなく愛情を注いで、健康を取り戻してやろうと思ったんです。夫も賛成してくれて、二人で精一杯、娘を育てました。

けれど、娘の心臓は、本当に悪かったのです。たった1歳半でした。もう一度お誕生日を祝ってやりたい、歩かなくたって、しゃべらなくたっていい、ただ生きて、私たちに抱かれてくれたら、いいえ!抱けなくたっていいから、とにかく生きていてさえくれたら、それでよかったのに。神様は、私たちからあの子を取り上げてしまわれたんです。」

真理はもう、祖父をみつめることができなくなった。
祖父も、われ知らずこぼれてくる涙を抑えられなかった。
幼い時から弟に親の愛情を奪われ、今度は神様に子どもを奪われたこの女性には、どんな慰めの言葉も届かないような気がした。

「娘がいなくなってから、夫ともうまくいかなくなりました。夫には何の落ち度もありませんでしたけれど、お互い、何のために一緒にいるのか、わからなくなってしまいました。お互いに、相手の顔を見ると亡くなった娘を思い出して辛くなる、そういう繰り返しに耐えられなくなったということでしょうか。離婚して、それぞれ、ひとりで暮らすようになりました。

私は、罪深い女だと思っています。
娘の心臓病は、きっと私の方からの遺伝でしょう。
それを思うと、娘にも、夫にも、申し訳なくてどうしようもありません。
娘も夫もいなくなって、私の心には大きな大きな穴が空きました。
穴というより、もう空っぽでした。

死んでしまおうかとも思いましたけれど、そんな勇気もなくて、生きるには仕事を探さなくてはなりませんでした。
元の職場には夫がいましたから、戻ることはできません。
そんな時でした。もみの木学園の職員募集のことを知りました。
ダメでもともとと思い、応募してみたら合格したのです。

短大で養護教諭の二種免許を取りましたから、それもよかったのでしょう。
私はてっきり、学園の保健室の先生になるものと思っていました。
でも、始まってみたら仕事は、ご存知の通りです。

私はすぐに夢中になりました。
ここには、親に愛されたくて愛されたくて、一緒にいたくていたくてしかたがないのに、いられない子どもたちがいます。私は、私は…」
真理は、涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげ、また祖父の目をみつめてから、言葉をつないだ。

「私には、子どもたちを手放す親の気持ちがわかりません。事情があるのはわかります。子どもたちに暴力を振るう親なんか論外ですが、ものすごく努力されて、それでもうまくいかなかった親御さんもいることはわかっています。けど、子どもを愛すること以上に大事なことなんて、あるんでしょうか?

だから、私は親でなければ本当は味わえない、子どもから信頼されて何もかも預けてもらえる立場を奪い取っているんです。奪って、私の心に空いた大きな穴を、子どもたちの体温と笑顔で埋めているんです。

だから、私は親御さんから、ありがとうって言われる資格はありません。
本当なら、みなさまが受け取れるはずだったものを、盗んでいるんですから!」







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