問わず語りに、祖父はスミレのことを若い夫婦に聞かせていった。
この二人ならば、話してもいいような気がした。
自分の愚かさも、当時まだ差別的な扱いを受けていた精神科に入院中のミドリのこともあらいざらい、感じているままに語った。

祖父がいるテーブルで一緒に腰かけて、じっと耳を傾けているかあさんと違って、オーナーは一度すっと厨房に戻っていった。
すぐに戻ってきた手には、赤ワインと3つのグラスがある。話を途切れさせないよう、音もたてずにグラスを置くと、ワインを注ぎ分けて、すすめるでもなく、それぞれの前に置く。
そして、またすっと席を立つと、暖簾をしまって、店の入り口に鍵をかけた。

「いやぁ、こんな話を聞かされても、困るばかりだね。申し訳ない。」
慰められたかったのでもない、自分を印象付けたかったわけでも、さらさらない。
ただ、ちょっと、聞いてほしかったのだ。
かあさんも、オーナーも、そこのところはよく分かっていた。
だから、ただ、その役割を果たすだけでよかった。

「ご苦労なさったのですね。」
祖父には、かあさんの一言で充分だった。
「ああ、そうだね。それより、すっかり腹が減っってしまった。ワインもいただいていることだし、何かこれに合う夕食を。よかったら、一緒に食べてはくれませんか?」
はい、と返事をして、二人は席を立った。
理由はないけれども、料理ができあがるまでのほんのしばらくの間、祖父をひとりにしてあげたいと思ったのだ。

厨房に入ったオーナーが、熊のような見た目に似合わない小声で、昨日妻になったばかりの可憐な女性に語りかけた。
「かあさん、お客様がお話しにならないことまでとやかく言うのは失礼だが、星川様の胸のバッジ、 あれは松重電機のマークだね。星川様は大企業にお勤めのようだ。」

かあさんは、少し伏し目がちに、即答した。
「いえ、あれは松重電機ではなくて、松重物産ですわ。」
「どうしてわかるんだ?」
「同じマークですけれど、松重電機は後が黄色なのです。松重物産は後が赤。」
「なるほど、星川様のバッジは赤かった。」
「松重建設が青、松重観光は緑…」
「かあさんは詳しいね。どうして?」
「いえ、あの…世界の松重コンツェルンですから…テレビで見て…」
「そうか、なるほど。かあさんの名字と同じ名前の大財閥だからね。興味が湧いても当然だね。」
昨日夫になったばかりの男性が、それ以上深く追求してこないことに、かあさんは心から感謝した。

メニューにはない夕食ができあがった。
それを三人で囲み、結婚祝いの夜になった。






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