ある日、真理はスミレを着替えさせようと、ベッドに上った。
入園してから1ヶ月がたっていた。
季節は梅雨をもうすぐで終えようとしている。
あれほど咲き誇った紫陽花も、そろそろ色褪せ始めていた。

スミレはまだ、何も真理に手伝わせてくれない。
それでも、不潔なことは嫌いらしく、スミレは風呂と着替えは欠かさないようになった。
でも、髪を洗うのはまだ苦手らしい。
脂が溜まって髪がべたついている。
汗のにおいも強くなっていた。

食事が進まないので、小さな体がなおさら小さくなっていた。
それでも、真理は一貫して、スミレを担当し続けていた。
なんと、この1ヶ月間、真理は一度の休みも取っていない。
スミレは気づいていなかったが、もみの木学園に泊まりこんでいたのだ。

「スミレちゃん、お着替えしようね。その前に、一緒にお風呂に入ろうよ。」
いつもと違って真理が強引にベッドに乗ってきたので、スミレは慌てた。
逃げるつもりが、簡単につかまってしまい、正座した真理の膝に抱かれてしまった。

真理の体から石鹸の香りがする。
スミレは思い切り手足を動かして、抵抗した。
いつものように、手当たり次第ひっかいてもやった。
それでも真理はギュッと抱きしめて、スミレを離してくれなかった。

不意に、スミレが体の力を抜いた。
だらりと両腕を下げ、体重を真理の体に預けてくる。
と、じわり、じわりと、チノパンをはいた真理の太ももが温かくなった。
あ、と真理は気づいた。
スミレがおもらしをしたのだ。

スミレは動かない。
真理は笑い出した。
「スミレちゃん、服が濡れちゃったみたいだね。真理さんのズボンも濡れちゃったよ。濡れちゃった時はお風呂に入って、着替えるのがいいね。一緒に、お風呂に行こうか?」

真理は畳みかけることをせず、じっとスミレの反応を待った。
少し遅れて、「うん」と小さな声がした。
「だっこ。」もっと小さな声がした。

真理の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
一度だけ、鼻水をすすると、真理は元気に答えた。
「いいよ。だっこしてお風呂に行こうね。」

もみの木学園の職員は優秀だった。
この二人のやりとりは、いつも誰かに見守られていた。
真理はスミレを抱いて、まっすぐ風呂へと向かっていく。
別の職員が、スミレの着替えを用意して風呂に届ける。
また別の職員が、真理の着替えになりそうなものを自分のロッカーからみつくろって、駆け足で風呂場に届けた。

スミレが、真理を自分の安全基地に選んだ。
スミレとスミレを取り巻く人々が、強大な壁を乗り越えた瞬間だった。 






ポチッと応援お願いします