「すまなかったな。妻が死んだ時も知らせなかった。何か、必死でな。」
そう話を締めくくった祖父は、佐々木夫妻のどちらかが声を出す前に、もう一度大きく息を吸い込んでから話し出した。

「隆ちゃん、シスター、たのむ。助けてくれ。俺はいま、どうしたらいいか分からないんだ。でも、これだけは決まっている。スミレにはもう二度と悲しい思いはさせたくない。そのためなら、俺は何だってす…」
するつもりだよと祖父が言う前に、その言葉をさえぎるようにシスターの声が受話器から響いた。

「それは違うわ!」
人の話の腰を折るなど、珍しいこともあるものだと、隆三は今日子の思いつめたような厳しい横顔を見つめた。家では見せない顔だった。今日子は仕事の顔になったと、隆三は思った。

「あのね、新ちゃん。思い違いをしてはいけないわ。スミレちゃんはね、これから一生悲しい思いをするのよ。それは防げないの。」
「いや、俺が何としてでも守ってやりたい。」
「気持ちはわかるわ。でも、考えてみて。スミレちゃんだってもう少し大きくなれば、必ずなぜ父親は自殺したのかと考えるわ。なぜ母親は病んだのかと考えるに決まっている。それだけだって、十分に悲しいでしょう?自分が生まれたせいなのか?って疑問はぬぐい去ることはできないのよ。ちがう?」
「それは…。でも、だからといって、今いじめられるなら、そこから逃がしてやりたい。周りの子が成長するのを待つなんて、できないよ。」
「それもわかるわ。いじめられろと言っているのではないの。でもね、守ってあげるだけではダメなの。逃げるだけでもダメなのよ。」
「じゃぁ、どうしたらいいんだ?」

シスター今日子は次の答えを言う前に、ゆっくりと息を吐き出すと、受話器を持ったまま姿勢を正した。
「私は、スミレちゃんをただ守るためだとか逃がすためだとかには、何も協力できないわ。でもね、彼女がどんな悲しみにも負けない強さを身につけていくための協力なら、できるかもしれない。」

祖父は考え込んだ。
どんな悲しみにも負けない強さ。
スミレは一生悲しみ続ける。
ただ守られるだけではダメ?逃げてはダメ?
それはもっと大人になってからでもいいのではないか?

「強さを身につけるなんて、もっと大人になってからでもいいんじゃないかって考えているんじゃない?だとしたら、それって大間違いよ。」
大間違い?シスター今日子って、こんなにビシバシと物事を突きつけてくるような人だっけ?
「どうして大間違いなんだ?」

シスター今日子は、とても大切なことを教えてくれた。






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