シスター今日子は、祖父の高校時代の同級生だ。
シスターといっても聖職者なのではない。あだ名だ。
祖父は少し前に読んだはずのハガキを探した。
あれは、ええっと…そうだ。書斎だ。

食べかけの玉子サンドを口に押し込み、祖父は書斎に向かった。

机の上に投げ出したままだったので、そのハガキはすぐに見つかった。
差出人は佐々木隆三となっている。隆三とも高校の同級生だ。消印を見ると、妻が亡くなる1週間ほど前だ。
裏返すと、ごく近くだが引っ越して住所が変わったとの挨拶が印字してある。在宅で仕事ができるようになったので、思い切って広い仕事部屋を手に入れたと、手書きが添えてある。

手書きは、こう締めくくられている。
「妻は昨年春から児童養護施設の施設長になった。忙しそうだが、元気にしているよ。」


ハガキを手に、祖父はスミレの傍にもどった。
長野県安曇野市と書いた住所を見ていると、祖父は遠い思い出に引き込まれていった。

詰襟とセーラー服の高校生だった自分を、隆三は「新ちゃん」と呼んだ。新吉という、時代劇に出てきそうな名前がいまひとつ好きになれずにいたが、隆三はおかまいなしだった。お返しに、祖父は隆三を「隆ちゃん」と呼んだ。家が隣同士だったこともあり、新ちゃん・隆ちゃんは小学校から高校までずっと同じだった。典型的な幼馴染だ。

大正時代に創立された高校は緑に囲まれ、静かで活気に溢れていた。
勉学に友情にスポーツに明け暮れた毎日に、ある日チョウチョが舞い込んできた。
それがシスター今日子だ。

2年の春、父親の転勤で東京から転校してきた彼女を、新吉と隆三の担任はこう言って紹介した。「転校生を紹介する。伊那今日子さんだ。転入試験をすべて100点で突破した秀才だぞ。少しは見習え!」

可憐な見た目に似ず、ガリ勉の嫌味なヤツかとクラスの空気は一気に反抗の風をはらんだが、そんなものは3日と吹き続けることができなかった。今日子は、とにかく優しくつつましやかで、どこかそそっかしく愛嬌があって、男だろうと女だろうと、好きにならずにはいられないような女の子だった。

長い髪をおさげにして、教室にあった鉢植えに水をやって、葉っぱに何事か話しかけながらクスクスと笑う彼女に、いつの間にか「シスター」とあだ名がついた。シスター今日子は転入生であったことなど忘れられたかのように皆の中に溶け込んでいった。

新吉も隆三も、マドンナならぬシスターに恋をした。
とはいえ、高校2年から後など、猛ダッシュで過ぎて行く。シスターは誰の手にも落ちることなく高校を卒業し、東京の教員養成系国立大学に進学した。
新吉・隆三もそれぞれ東京の大学に進んだ。上京した当初は何かと言えば二人寄ってはああだこうだと話してもいたが、それぞれの仲間と居場所ができるにつれ、少しずつ会うまでの時間が延び、一人立ちしていった。

就職してからはなおさら、忘れているわけではないけれども、連絡をとることもない期間が続いた。

そんなある日、封書が届いた。
いつもと違う切手と厚みから一目でわかる結婚式の招待状だ。
封書を裏返して、目が瞬きを忘れた。
認めたくはないが、どう考えても新郎新婦の名前を書く場所に、こう書かれていたからだ。
「佐々木隆三・伊那今日子」

えええええっ!
あいつら、いつの間にぃ!
思わず本気で大声を出し、玄関で腰を抜かしたことを、今でも忘れない。






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