「焼肉龍龍」はロンロンと読む。
二人が「焼肉食べたい」と言った時は、この店に来ることを指している。
職場からほどよく離れ、ふたりの家の丁度中間にあるのも都合がよい。
さらに都合がよいのは、この焼肉屋さんはすべて個室になっていることだ。
個室といっても小さなブースのようなものだが、扉を閉めてしまえば、中でどんな話をしても人に聞かれる心配はない。

教育公務員は守秘義務を負っている。
職務上知りえたことを校外で話してはならない。
だから、酒食の席で子どもたちのことを話題にするなどもってのほかだ。

しかし、寛いで腹を割った席だからこそ、思ってみなかったようなアイディアが浮かんだり、相談がまとまったりするのもよくあることなのだ。
職業がばれないように、校外では「○○先生」と呼び合わないように決まっていたり、校長のことを社長、副校長のことを副社長、教頭は専務などと呼ぶ習慣になっていたりする。
しかし、酔えば酔うほど忘れられる習慣だ。
だから、二人のように、子どもの話題が中心になると分かっているなら、個室があるのはありがたい。

腰を落ち着けると、あっという間に届いた生ビールで乾杯して、ふぅぅ、と二人同時にため息をついた。
「今週は疲れたなぁ。」
スミレ先生がうんざりしたような声をあげた。
「ヒデ君のことでしょ?」
チヨコ先生はダイレクトに切り込んだ。
「そうだよねぇ。わかってるよねぇ。」
「大分、手を焼いているみたいだね?」
「見ていたでしょう?今日の体育で3回目よ。座ったままで何もしてくれない。何を言ってもだめなんだもの。」

ノックのあと、ドアが開いて、カルビだの塩タンだの山もりのチョレギサラダだのの皿が届いた。
この二人は本当によく食べる。そして、飲む。
本当によくしゃべり、笑う。
つまり、この上なく健康なのだ。

「最初の、あれきり?」
チヨコ先生は早くも2杯目の生ビールを手にしている。
「うん。やっぱり、あれはまずかったのかなぁ。体罰だったのかな。」
「スミレちゃん、体罰だと思っているの? 」
「ううん。そうじゃないけど、ヒデ君には体罰だと思われたかなって。だから、私、ああいうことはもう二度としたくないんだ。」
「ヒデ君がサッカーをしないのは、スミレちゃんに体罰を受けたから拒否しているんだと思ってるの?」
「わからない。でも、可能性はあると思ってる。私ね、あの後、すごくすごくイヤな気分だったんだ。最初からやらなくていいよ、みたいな流れにしたくなくて、ちょっと無理強いでも、やってもらえば分かってくれる気がして、ある意味冷静にやったことだけど、すごく後味悪かった。ヒデ君に『タイバツだ!』って言われた時は、ドキッとしたしね。」

カルビが丁度焼けたところだ。
チヨコ先生は手早くふたつの取り皿にカルビを取り分けた。
これもいつもの習慣で、最初のお肉だけは、チヨコ先生がこうして取り分けてくれる。
あとは自分のペースで、食べたいものを食べたいだけ焼くのだ。

「あのさぁ。私、あれは体罰なんかじゃないと思うよ。だって、罰を与えるために引っ張ったり押したりしたんじゃないでしょう?」
熱っ、と小さくつぶやきながら、スミレ先生は小首をかしげた。
その様子を見ながら、チヨコ先生は言葉をつないだ。

「自分のイライラを子どもにぶつけて殴るなんていうのは言語道断。体罰なんて言葉を使っていないで、傷害罪と呼ぶべきよ。犯罪者なんだから教壇に立たせるのはおかしい。痛い目をみせれば根性がついて、強くなるとか上手くなるとか思っているのも勘違いだと思う。そういう発想の人はサーカスの調教師にでもなればいいのよ。人を人として扱えないなら、殺人と同じ。でも、スミレちゃんは違う。」

「違うかな。自信なくなった。だって、体罰ってセクハラと同じで、やった側が決めることじゃなくて、受けた方がそうだと思ったらダメなわけでしょ?」
「まあね。こっちの体力を使わないで伝えた方がいい、ってことには賛成するけどね。」
「そうだね。そうするよ。」
スミレ先生はチョレギサラダを頬張った。

「それより、問題はヒデ君がどうして座り込んだままかってことでしょう?」
「それそれ。さらにですね、どうすれば立ちあがってくれるのか、ってこと。私のせいなのかなぁ。」
スミレ先生はまたため息をついた。






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