130104_0928~01鳥取から、大きな梨が届いたのよと、お母さんが冷蔵庫から取り出してきたのがこれ。
なんだろう?この巨大な梨は。
しかも、この時期に??

段ボールにこれが4つ入ってきたのだそうだ。あまりに大きいので、二人暮らしでは食べきれないと思い、近所に住む親類で分けたらしい。残ったひとつがこれだそうだ。大きさが伝わるように、いろいろなものと並べて撮ってみよう。

それにしても大きいなぁ。なんという名前の梨なんだろう。
くまさんが、さっそくケータイを取り出して検索し始める。秋田のおうちにはパソコンがない。スマホでもなんでもない古い携帯電話を愛用している我が家だが、そのくらいの検索は…。

ほら、あったよと言うので小さな画面を覗くと、「あたご梨」というらしい。大きいものは2kgにもなり、12月が旬。糖度が13〜14度もあり、貯蔵性もよいのだそうだ。なるほど、なんとまぁ、お歳暮にピッタリではないか。

これはいったいどのくらいの重さだろうと言っていると、お母さんが秤を持ってきてくれた。

130104_0939~01パンダマカロン・・・10g
みかん・・・120g
りんご(秋田紅あかり…かなり大)・・・440g
あたご梨・・・1360g

大きい!

先にりんごをむいてしまったけど、梨も食べる?と相談。いやいや、これは切ってしまったが最後、食べ終わるまで1週間はかかりそう。ほかのものがない時がいいですよぉ。ということになった。

そうよね、と納得のお母さんは、昨年夏にくまさんが贈った携帯電話でも「検索」ができるのかと興味津々。くまさんがやり方を説明し始めた。私はその間に洗い物を済ませてしまうことにした。台所との境の戸を閉めると、向こうから声が聞こえる。「ここを押してね・・・ここに字を打つんだ。『鳥取 梨』とかね。」「とっとりの『っ』はどうするの?」「え?そこから???」

他愛ないことだ。
一般家庭の一般的な幸福とは、こんなものなんだなぁと思う。
私が生まれた家では体験したことのない時間だ。
こうしてあげたいな、と思ってもらえる。喜ばせてあげたいな、と思ってもらえる。叱られないため、殴られないためにするのではない。感謝されたいから、自分は偉いと証明したいからさせるのでもない。

こんな環境で育ったら、私の人生はまったく別の物になっただろう。こんな虚弱体質にならずに済んだかもしれない。これが当たり前だと思って育つ子供はそれだけで幸せなのに、きっと当たり前だから、幸せだともありがたいとも思わないのだろうな。くまさんのように。

寒がりの関東人が帰った後、お家では「暑い」といってストーブを全部消して過ごしたのだそうな。
そうか、暑かったのに「もっとあたためなさい」って言ってくれていたんだ。
申し訳ないなと思うより、ありがたいなと思う分量の方が少し多い。
私も、一般的な家庭の一般的な幸福の味わい方を少し覚えられたのかもしれない。






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