絶叫したら、ふと、したいことがひとつ胸に浮かびました。私は安住さんにさようならを言いたかったのです。けりをつけてから、次に進みたいと思いました。このまま引きずるのは苦しかったからです。なんだか、チャンスがあるような気がしました。どう?融、私、被害者を卒業したわよ。

翌日はちゃんと仕事に行きました。カピバラ食堂は私のホームです。いつもかあさんがしている以上に丁寧に、机や磨いていた時でした。引き戸がカラリと開いて、安住さんが現れました。丁度おやじさんもかあさんもいる時でした。私の胸がコトンと鳴りました。

「那須へ戻ることになりました。皆様方には大変お世話になりましたのでご挨拶に参りました。」
そうか、那須へ帰っちゃうんだ。私は少しだけ、やっぱり悲しくなりました。
「弓子さん、先日お屋敷にいらしたそうで。何か大奥様のご用とのことだったので、急いで病院に参りましたが、後藤さんがお傍についていたので、私は引き取らせていただきました。」

「ごめんなさい、安住さん。私、安住さんにお会いしたかったのですが、用事はもう済んでしまったのです。那須はもうとても寒いでしょう。お体を大切になさってくださいね。」
「はい、ありがとうございます。弓子さんも。」
「はい。では、また。」
「はい、また。」

図らずも、私は安住さんにお別れの挨拶を言うことができました。「またね。」と言って、また会えるか会えないかは天に任せるのです。これが私の望む「さようなら」の形でした。ちゃんとできた。私は心が爽やかに冴え渡るのを感じました。今は、これでいいや。

その日から、私は何度となく、おばあちゃんのリゾートホテルのような病室を訪ねては、いろいろなお話をするようになりました。たいがい、おばあちゃんにハッパをかけられたり、叱られたりします。でも、おばあちゃんは私にできなかった生き方を実践してきた人です。師匠と思ってお話を聴いているうちに、いろいろなことを感じました。

季節はいつの間にか雪が舞い散る冬になっていました。カピバラ食堂の壁の”温泉カピバラ”がなんともホッコリと愛らしい季節です。私は、相手もいないというのに、二人で巻いても余るほど長いスカイブルーのマフラーを編み上げました。おばあちゃんに見せると「演歌じゃあるまいし、使い道のないものをどうする気だい?」とバカにされました。でも、予感がするのです。このマフラー、近々出番がやってくるって。







人気ブログランキングへ