「弓子姉さん、看板を書いてみませんか?」働き始めて1週間ほどだったでしょうか、かあさんが声をかけてくれました。私はちょっとしたイラストとかレタリングとかが大好きです。「喜んで!」小さな黒板に駆け寄りました。

その時でした。厨房からお母様の声がしました。「ところで、久弥。この店の収支はどうなっているの?利益はどのくらい上がっているの?」
「収支…利益といっても、まぁ、こうしてかあさんと二人質素に暮らせるくらいです。」

おやじさんの答えが終わるか終わらないかで、かあさんが厨房に飛び込んで行きました。そうして悲鳴のような声で言ったのです。
「やめてちょうだい!ここは私たちの店なの!いえ、久弥さんの店なのよ!」

おやじさんも、私も、心底驚いてしまいました。店の机や椅子もガタンと震えたような気がします。かあさんがこんな声を出すなんて。店の利益の話が、なぜそんなにいけないのでしょう。

「店をやる以上、利益を上げるのは当然でしょう?」お母様は面白半分のようです。「いいえ、いいえ!ここは久弥さんの店です。お母様のご意見はいりませんわ!」まるで叫ぶように言うと、かあさんの目から涙がこぼれ落ちました。

「花亜。強情な子だこと。あなた、少しも変わってないわね。だからこんな粗末な暮らしをすることになるのよ。」
「出て行って!」かあさんは泣きながら言って、自分が出て行ってしまいました。

「まるで子どもね。」お母様はため息をつくと、部屋にひきとってしまわれました。おやじさんはかあさんを探しに行き、そっと連れ帰ってきて部屋で休ませました。それから店にもどってきて、夜の営業を始めたのです。