「玉川温泉で、雪崩が起きたらしい!」
そういえば、あの時もくまさんは焦っていた。なぜなら、玉川温泉は、くまさんの実家から車で1時間足らずのところにある、大好きな秘湯だからだ。

「雪崩って、あのぶけぶけしている岩盤浴のところですかね?」
「ぶけ」というのは、秋田あたりの言葉で、何かが湧きだしているところのことらしい。それを私がぶけぶけしている、と言うので、くまさんはいつも笑う。

「そうみたいだよ。亡くなったひともいるようだ。」
真冬にあそこで岩盤浴をしていたなら、もしかしたら、寿命を予告された人だったのかもしれない。医者が見放した人が最後に頼る場所が玉川温泉だからだ。

原液を飲んだら歯が融けそうな酸っぱさをしている。帰省のたびに2度は入りに行く。体に小さな切り傷があるだけで、飛び上るほどに沁みる。私のように傷が多いと、身をくねらせるほどに痛い。

「ねえさんは、どこが悪いんだい?」
親しげに語りかけてくれた婦人は乳房がない。痛々しい傷痕が露わになっている。「わたしゃ、乳もないが胃もないんだよ。」

遊びに来ただけなんです、というのがなんだか申し訳ない。
「ここの湯はね、皮膚ガンなんかにも効くんだよ。よくなるといいね。」
あ、いや、この傷はガンではありません…多分、と胸の中でつぶやく。

「ここに来ると、苦しいことや辛いことを忘れて、少しだけ長生きできる気がするんですよ。」と、岩盤浴をしながら話してくれたおじいさんもいた。彼らは現実から逃げて秘湯に隠れたように見える。でも実際は、誰より現実と共にいるのかもしれない。






人気ブログランキングへ ←ポチッと応援、お願いします!