通学路の途中にある日当たりのよい丘に、とある有名企業の寮が建った。

クラスにやってきた転校生がその寮の管理人の娘だとわかったのは、学級委員のあなたが面倒をみてあげるようにとの先生のいいつけに従って一緒に帰ったからだ。

私の友達は転校生だらけ。

でも、広大な新興住宅地のおかげで転校生が山ほど来るわりに、友達は少ない。

転校生がクラスになじんでほかに友達を作ると、不思議と私から離れていくからだ。



寮って、まるでホテルのようなのよ。

転校生はそう言って、新築の寮の様子をいくぶん自慢げに、詳しく話してくれた。

おじいちゃんとおばあちゃんの金婚式の時に一度だけ泊ったことがある、大きな玄関とお風呂と大きなお部屋の、あれがホテルだ。

寮にはホテルと同じようなラウンジがあって、山のように積んである本や漫画や雑誌を誰でも好きに読んでもいいということだった。

子どもに漫画を読ませない方針の我が家にいては、友達の漫画の話にはまったくついていけいない。

その方針が教育的なものと説明されていたけれど、経済的な理由が9割以上ではなかったのか。かなり怪しい。

とにかく、私は「漫画」にあこがれ、飢えていた。

うらやましいな。うらやましいな。うらやましいな。



両親が寮の仕事で忙しく、話し相手がほしかった転校生の家に遊びに行くようになるまで、それほど時間はかからなかった。

私の家には、お正月におじさんやおばさんがお年玉代わりにくれる、夢中にはなりにくい偉い人の話や頭の体操の本しかなかった。

それでも、それを擦り切れるほどに読んだ。

そんな私に、ラウンジに積まれた見たこともない雑誌や漫画の数々は宝の山にほかならなかった。

最初のうちは転校生に気を使って、彼女が話しかけてきたときは彼女を優先して、本を下すことができた。

でも、次第に、その努力が難しくなった。

彼女が話しかけていることにも、外が暗くなったことにも気付かなくなったから。

特に、あの漫画!

当時連載中だったあの漫画は大人気で、日本中の少女が、毎月次の話を読むのを待ち焦がれていた。

私には無理だと諦めていたその漫画が、そこにはあった。

時には、発売日にお母さんが買ってきてくれていた雑誌を、転校生が読み終わるのを待って、すぐに読ませてもらったりもした。

待ち切れずに「まだ?」とせかしてしまったこともある。

その漫画に限ったことではない。

美しい写真、おしゃれな洋服、奇想天外なストーリー、恐ろしい事件…何もかも貪るように読んだ。

自分に夢中の少女には、その姿が相手にどう思われるかなど、考える余地もなかった。



ある日、転校生は私が夢中になっている漫画をパッと取り上げて、こう言った。

「ひどい。Hikariちゃんは私と遊びたくて来ているんじゃない。本が読みたくて私を利用しているだけ。もう来ないで!」

さよならは、ある日突然だった。

小さいころからたくさんの少女漫画を読んできた彼女は、私がまだ知らない表現で、的確に私を責めた。

私はこうして、また友達を失った。



昨日、ひょんなことから、その漫画を全巻まとめて手に入れた。

絶版になったその漫画はプレミアがついていたけれど、今なら瞬きする程度の努力で手に入る。

大人になった私の目線で読んだら、何を感じるのだろうか。

そう思ってのことだった。

今でも、読み始めると止まらない。

ところどころ知らないストーリーが展開されている。

結末を知らないままだったことにも気付いた。

その漫画がどうしてあんなに人気を博したのか、ようやくわかった。 

人が生き生き伸び伸びと生きて自己実現する知恵がそこには満載だったから。



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私があれほど恋い焦がれたのは、シンデレラストーリーにではなく、生きる知恵にだったのかもしれない。