こんばんは。Hikariです。
昨日の記事の続きです。
一晩、それから、今日の日中も、あれこれ考えました。
今日は仕事始め。
手だけ動かしている仕事の合間に頭で考えていたわけですが、どうにも収拾がつかないので、休憩時間にお友達に宛てたメールの下書きをしました。
そこで、書きながら感じたことを書き留めておこうと思います。
私が夕べ考えていたことというのは、例によって、この出来事が私に体験させようとしていることの本質は何なのだろう?ということでした。
でもね、いつもと違って、考え始めたらたちまち体中に悪寒が走って、寒くてしかたがなくなりました。きれいに掃除したお風呂にたっぷりと熱めのお湯をはって、岩塩を入れて入浴するまで、自分の体が死体のように冷たかったんです。私が入ったら熱かったお湯が冷めてしまい、何度も温め返しました。
ようやく体が温まってリビングに戻ると、一日実家にいる間に着ていた服から、実家のにおいがしました。
明らかに、私とも我が家とも違うにおい。
それに気付いたとたんに、吐き気がしました。するどい吐き気で、一瞬めまいがしました。
洗えるものはすぐに洗濯し、そうでないものはランドリースプレーをかけ、リビングの窓をあけて空気を入れ換えました。
ようやくいつもの私のリビングに戻ったので、窓を閉めて、ソファーに落ち着いてみたら、今度はもう眠くて眠くて、何も考えられなかったんです。
こういう特異な現象は、素直に受け止めるのがHikariです。だから、夕べはあまり考えずに眠ってしまいました。
これを書いている今、ランドリースプレーをかけておいたGパンとフリースジャケットを着ているのですが、そこから吐いたもののにおいがします。これは、私独特の錯覚です。実際に汚れているわけではないんです。何か、ものすごい精神的負担に見舞われたときに、これまでもあったことなんです。
実家とか両親とかいうものに対する、これが素直な私の反応なんだろうと思います。
拉致被害者の家族に、北朝鮮へ友好親善に行けと言うようなものです。行きたくもないけど、意を決して行ってみたら、「我が国は食料がなくて困っています。日本は豊かなんだから食料を提供してくれてもいいんじゃありませんか?」と言われたらどうでしょう?
これが政治レベルの話なら、駆け引きの材料として見ることもできるでしょう。でも、家族感情としてみたらば、ふざけんじゃないよっ
ですよね。
そこでです。拉致被害者を帰してくれないなら食料援助なんかするもんか、と考えることも当然できますよね。でも、食料がなくて困っている人の中に我が子がいるのかもしれないと考えて、援助しようと決断することもできるのが、家族愛というものなのかもしれません。
さて。
神様はどうして今また私を実家にお近づけになったのかな?と改めて考えます。
私に寒中水泳をする体力がついたから、泳ぎにいってごらんとおっしゃっているのでしょうか。行ってみたら凍死寸前ということだったのでしょうか。
それとも、さらなる精神の高みを目指して、この状況を利用せよとお考えなのでしょうか。その高みとはどんなものでしょう。
私は心根が冷たいということだろうと、やっぱり私には根本的な「人に対する愛情」が欠けているのだと昨夜は思いました。
そうして、今、私の身の回りにいてくれる夫や友人達のように、温かな家庭でほのぼのと育ち、人を恐れず、芯から人を好きで、心から信頼して、私のような者にでさえ愛情を示してくれる人たちに、自分はやっぱり相応しくないと思われてなりませんでした。
せっかく、素敵な出会いを重ねて、私だってそう捨てたもんじゃないのかもしれないと思い始めた矢先に、やっぱり捨てておいた方がいいんじゃないかな?と思う出来事。これは何を意味しているのでしょう。
自分にそういう質問をしてみて、思いついたのは「違う反応ができるのでは?」ということでした。
誰がどのような言動をなげかけてきたかということと、私自身のありかたをリンクさせる必要はありませんよね。親が病気になったからって、なぜ私が人格を貶める必要があるでしょう。辛いこともイヤなこともたくさんあるけど、すぐに笑顔になって、好きな人やものに囲まれて暮らしている今の気持ちを、なぜ失わなくてはならないのでしょう。
もし失うとしたら、それは、私が失うと決めるからですよね。
だったら、私は失わないことを選択します。
もう二度と、あんな精神状態や健康状態に戻るつもりはありません。
それでも、私自身の根幹を愛情だとは見られない日がもう一度来たら、その時は、あのすばらしい仲間達の一員として恥じない言動は何かと、考えてみたらいいかもしれないと思いました。
そのために、神様は私に彼らと出会わせてくださったのではないかとさえ思います。
実家と交流しても…かつても今も、私を失望させ続ける人々と交流することになっても…私は心を穏やかに保ち、長く広く大きなリンクを見つめながら、今どうしたらいいのかを決めていけばいいのではないか、そう思ったのです。
これが、親を捨てるということならば、捨てることになるんだろうな。
でも、まだ先はある。
そうして、蛇足ですが、お勝手に頼りにする子どもを持たない私は、今から健康に留意して、体を丈夫にし、世間様にご迷惑をおかけしないとともに、おかけする時に備えて、しっかり計画を立てようと思いました。
そういう端から、そんなことになった時でも、今、身の回りにいる若者達が入れ替わり立ち替わりやってきては、私を寂しがらせないような気がするんです。妄想かもしれないけど。
私は残念ながらこの感覚を、家族と分かち合うことはできないみたいです。でも、それを血縁のない人たちとの絆の中で感じるのだから、やっぱりすごく幸せなんでしょうね。
昨日の記事にコメントを下さったみなさま、本当にありがとうございました。いただくたびに、私は涙がにじみました。
そうして、そのコメントを何度も読み返しながら、思ったのです。
ここは、苦しくてもしっかり感じ、考えなくてはいけないなって。こんなに温かく守り支えてくれる人がいる私だから、逃げ出さなくてもきっと、しっかり考えてから答えを出せるだろうって。
ありがとうございます。この話、もう少し続けさせてください。
今日も読んでくださってありがとうございました。
あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように。


私が悩んでた時に読んだのが




去年は私にとって「離れる」「環境を変える」事を学ぶ一年だったように感じています。
環境を選ぶ自由や権利は私に属しているのに、その選択肢にようやく気づいた年だったのです。
人は変わるし変わる部分もある、けれどそれはその人が変わろうとした結果なのであって、それを望まない人はそのままなのかもしれません。
それなら環境や相手を変えよう、その勇気を持とう、そう思いました。ようやく。そこにたどり着くまで長かった。
恩も義理もある。
離れたら何を言われるか怖い。
そこに固執している自分も見ました。
私は恐れていたんです。
変化する事を。
今は自由である事を一番大切にしようと思っています。
私のブログにHikariさんのブログをブックマークさせて頂きました。
先に許可を頂くべきだったのに報告が後になってしまい済みません。
大切な友人達にHikariさんのブログを紹介していきます。では。
いつも有難う御座います。