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 「手に、入らない?」

 


 「ええ。ハヤトは、わたしの手には入らない。」

 


 「あなたはハヤトさんを手に入れたかったのね。」

 


 「そう。そうなんだわ。奥さんがいる人に、そんな気持ちを抱くのは間違っているって思っていたけど、本当はわたし、ハヤトを自分のものにしたかったんです。」

 


 「続けて。」

 


 「ハヤトともっとたくさんの時間を一緒に過ごしたかった。もっといろんなこと一緒にしたかった。」

 


 「どんなことをしたかったのかしら?」

 


 あきさんは思い出しました。腕を組んで歩いてみたい落ち葉の歩道がどれほどあったろう。首筋にもたれかかってみたい公園のベンチをいくつ見ないふりしただろう。彼の温かそうなコートのポケットに冷え切った手をつっこんでみたい冬の夜道がどれだけあっただろう。満開の桜の木の下で、人目もはばからず抱き合えたらと思う自分を何度叱ったろう。レシピを見るたびに彼に作ってあげたいと思い、パンフレットを見るたびに、彼と旅してみたいと思った。眠れない夜にケータイを見つめて、今声を聞きたい思ったこともある。そして「今すぐ会いに来て」ってわがままを言って困らせてみたいと思ったことも。

 


 「でも、全部我慢しました。だって、彼には奥さんがいて、とても大事にしていること知っていたから・・・。」

 


 「あきさん。もしも、あなたの親友が、あなたにそんな気持ちを相談したとしたら、あなたはなんてアドバイスをするのかしら?」

 


 「え?わたしの親友がですか?」

 


 「そう。奥様のある男性をとても好きになったのだけど、笑顔で明るい交際をするだけにしている、だけど、本当はもっと親密になりたいのって相談されたら?」

 


 「そうですね・・・。やっぱり、我慢したほうがいいと言うと思います。」

 


 「どうして?」

 


 「だって、親密になれたらそれは嬉しいですよ。その場では。だけど、自分の大好きな人が、心にやましさを抱えたり、それまで大事にしていた生活を壊してしまったりするのかと思うと、いたたまれないじゃないですか。」

 


 「なるほどね。それで、我慢してどうしろと?」

 


 「う〜ん、その我慢はムダにならないから、時を待てと言うかしら。」

 


 「どういう意味なのかしら?」

 


 あきさんは、自分が言っていることの意味が、なんだかよくわからないままに話していました。自分で話しているのは間違いないのだけれど、どこか違う人が自分の口を使って言っているような、不思議な感覚にとらわれました。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように。