次にあきさんが意識を取り戻したとき、あきさんは真っ白い部屋のベッドに横たわっていました。

 

 部屋のにおいから、そこが病院であることはすぐにわかりました。

 

 そうか。さっきのお葬式は夢だったのね。

 

 少しはほっとするかと思ったけれど、実際はほっとなどしないことがわかっていました。

 

 まだ終わりじゃなかったのね。私はとうとうやってしまったらしいけど、死にきれなかったのね。私の苦しみはまだ続くのね…

 

 ふと、あきさんは、体を意識できないことに気付きました。

 

 あら?どうしたのかしら。どこも動かないし、痛いかどうかもわからないわ。

 

 ドアの音がして、部屋に誰か入ってきました。それが両親であることに、あきさんは気付きました。

 

 ああ。来なくてもいいのに。きっと、死体に鞭打つようなことを言うに決まっているわ。

 

 あきさんの予想は当たっていました。

 

 父親は、なぜこんなことをするのか、世間に恥ずかしい、オレはもう街を歩けないと悪態をつきまくり、こんなところでそんなことを言わなくても…と、控えめに注意する母親に逆上し、尊大に騒ぎ立てました。

 

 母親は、あきさんを気遣いながらも、父親のほうを気にしていました。もう帰ると大声で叫ぶ父親に見えないよう、あきさんに顔を近づけて、小さな声で言いました。「これ以上お父さんを怒らせるようなことはしないで。心配だけど、お母さんも帰るわ。もう一度元気になって、なぜこんなことをしたのか聞かせてちょうだい。」

 

 そうして、ふたりはあっという間に帰って行きました。

 

 あきさんは、心の中で大きなため息をつきました。

 

 こうなるのは分かっているのに、どうして来るのかしら。こうなるのは分かっているのに、どうして優しい言葉をかけてほしいと、まだ私は願うのかしら。馬鹿らしい。

 

 なぜ、私の気持ちをわかろうともしないのだろう。私の命より、世間体が大切なのね。お母さんも同じ。優しいふりをして、実際は自分が生んだ子供より、夫の顔色のほうが気になるのよ。だったら生まなければよかったのに。

 

 あきさんは、本当に悲しくなりました。

 

 私はいったいどうして、あんな両親の元に生まれてきたのだろう。

 

 そもそも、生まれたこと自体が間違っていたから、こんな人生になっちゃったんじゃないかしら。

 

 前世からの宿縁?カルマの解消?来世に功徳を積む?どうだっていいわ、そんなこと。

 

 心の底から泣きたかったのに、涙が出ません。いや、気付けば、顔がどこかも意識できないのです。

 

 そうだったわ。これは、どういうことなのかしら?

 

 そこへまた、誰か入ってきました。

 

 「…で、患者さんは植物状態ということになります。自力での呼吸も困難です。生きてはおられますが…。」

 

 「もう治る見込みはないのですか?意識が戻ることも??」

 

 そう尋ねた声は、ハヤトさんの声でした。

 

 ああ!ハヤト。来てくれたのね。やっぱり、あなたは来てくれたのね!!

 

 飛び上がりたいほど嬉しかったのに、飛び上がるどころか、嬉しさを表現することもできないのです。

 

 さっき、植物状態って言ったわね。あれ、私のことなの??

 

 「あき…」

 

 ハヤトさんのクリクリとよく動く大好きな目が、あきさんを覗き込んでいます。その目にはさざ波がたっていて、いまにもあふれそうです。声も震えています。いつもと変わらないのは、ハヤトさんの香りがすることだけです。

 

 「あき。どうしてメールに返事をくれなかったんだ?どうしてこんなことをする前に、オレに一言相談してくれなかったんだよ。」

 

 ああ、私、返信しなかったんだ。そうだわ。なんて返事をしようかと迷っていて…

 

 「オレはお前が好きだったよ。お前もそうかと思っていたけど、オレの勘違いだったんだな。お前にそんなに信用されていなかったのかと思うと、悔しくて悲しくて、気が狂いそうだよ。」

 

 違うわ!ハヤト、それは違う!!

 

 「お前の気持ちを尊重するよ。オレはもう、あきには会わないよ。嫁さんを大事にして生きていくことにする。いままでありがとうな、あき。お前が死にたいなら、オレはもう止めないよ。でも、できれば、もう一度元気になって、今度こそ幸せをつかめよな。」

 

 ハヤトさんはそういうと、そっと病室を出て行ってしまいました。

 

 待って!ハヤト!!誤解よ、そうじゃないのよ。お願い、戻ってきて!!

 

 あきさんの心の叫びは、声になりません。

 

 ハヤトさんが戻ることはなく、あきさんは、しんとした病室にひとり取り残されました。

 

 ああ、なんてこと。

 

 たったひとり、理解してほしかったハヤトにまで、理解してもらえなかったわ。私はとうとうひとりぼっち。正真正銘のひとりぼっちだわ。

 

 真っ暗な洞窟の中に深く深く落ちていく。際限のない暗闇の中へ。

 

 もう、おわりにしましょう。

 

 

 

 どれくらい時間がたったのか、あきさんは目を覚ましました。起き上がってみると、90歳くらいに見える、凛とした空気をまとった優しい笑顔の老婆が座っていました。

 

 「目が覚めた?」

 

 老婆に尋ねられて、あきさんは、さっきのお葬式も病院も、どちらも夢だったらしいことに気付きました。

 

 それにしても、この老婆は誰だろう。絶対に知っている人のような気がするけれど、私の知り合いにこんな老婆はいないわ。テレビに出ている人かしら?そんなふうにも見えないわね。誰だろう…

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように。