お久しぶりです。Hikariです。
先週土曜日に大きなイベントが一つ終わりまして、放心状態になっておりました。
昨日は体が全然動かなくて、なのにどうしても見たかった映画とかお買い物とかに出かけてしまい、夕方にはもう「絶対動いてやるもんか!!」と体がストライキ。
なのに、こんな夜に限って、マラソン大会から帰ってきたくまさんは爆睡中で、晩ご飯を作らなきゃ。あれれ?買い忘れもあるぞ。
ということで、もう一度買い物にでかけ、キーマカレーを作り、オクラとマイタケを素揚げにして添えようというところでとうとうギブアップ。起きてきたばかりのくまさんにバトンタッチしました。
そうして、今朝目が覚めたのが10時半。
なんと、12時間まるまる熟睡の夜でした。
さて。
最近、お買い物に行くと、ショップの店員さんといろいろなお話をするようになりました。
もともと、あれこれと話しかけるほうなのですが、とても気持ちよく応対してくださる方に恵まれるようになって、ますますお話しをするのが楽しくなったのです。
みなさん名札をつけていらっしゃるので、お名前を覚えるのも簡単ですね。
で、お名前で呼びかけさせていただきます。
たったそれだけのことで、どうして皆さん、あんなに喜んでくださるのでしょうね。
ご自身のショップの枠を超えてまで、ご存知の情報を教えてくださる方も多いのです。
大事にされるというのは、ほんとうに心地よいことです。
そんなことの積み重ねから、ふと、気付いたことがあります。
このところ、25〜35歳くらいまでの女性たちの恋愛相談にのることが続いていました。
うまくいっている、いっていないに関わらず、ある傾向が見えるんです。
それは、「合っている人探し」をしているということ。
それだけでは、うまくいかないんですよ。
私を大事にしてくれる人を探す。
または、私を大事にしてくれるように求める。
それもまぁ、最初のうちはいいでしょう。
あるいは、私なんぞ大事にされるはずもないと諦める。でも、諦めきれずに相手の出方を伺ってみたりする。
それもまぁ、よしとしましょう。
どちらもいいけど、どちらにも共通して抜けているのは、「私はどうなのか」という視点です。
大切にしていただく。
愛していただく。
そう考えてみたことはあるでしょうか。
大事にされたり、愛されたりすることは、当たり前に要求できることでもなければ、はなから諦めるようなことでもない。
そこからスタートすると、ひとつの関係が変わって見えてはこないでしょうか。
大切にしていただくには、私はどうしたらいいのだろう?
愛していただくには、私はどのようにしたらいいのだろう?
そうやって、相手に変化を求める前に、自分が相手を喜ばせたり嬉しくなるようなことをしていく。
合うとこ探しをするのではなくて、合わせて行くんです。
それも、2人で。
どんなもんでしょうね?
今日も読んでくださってありがとうございました。
あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように。


野リスさん




異なる色の糸を互いに絡ませながら、美しい模様を創り上げる…「合わせて行く」って、そういうことなのかもしれませんね。