Win-Win

あなたも幸せ。私も幸せ。

2013年08月


問わず語りに、祖父はスミレのことを若い夫婦に聞かせていった。
この二人ならば、話してもいいような気がした。
自分の愚かさも、当時まだ差別的な扱いを受けていた精神科に入院中のミドリのこともあらいざらい、感じているままに語った。

祖父がいるテーブルで一緒に腰かけて、じっと耳を傾けているかあさんと違って、オーナーは一度すっと厨房に戻っていった。
すぐに戻ってきた手には、赤ワインと3つのグラスがある。話を途切れさせないよう、音もたてずにグラスを置くと、ワインを注ぎ分けて、すすめるでもなく、それぞれの前に置く。
そして、またすっと席を立つと、暖簾をしまって、店の入り口に鍵をかけた。

「いやぁ、こんな話を聞かされても、困るばかりだね。申し訳ない。」
慰められたかったのでもない、自分を印象付けたかったわけでも、さらさらない。
ただ、ちょっと、聞いてほしかったのだ。
かあさんも、オーナーも、そこのところはよく分かっていた。
だから、ただ、その役割を果たすだけでよかった。

「ご苦労なさったのですね。」
祖父には、かあさんの一言で充分だった。
「ああ、そうだね。それより、すっかり腹が減っってしまった。ワインもいただいていることだし、何かこれに合う夕食を。よかったら、一緒に食べてはくれませんか?」
はい、と返事をして、二人は席を立った。
理由はないけれども、料理ができあがるまでのほんのしばらくの間、祖父をひとりにしてあげたいと思ったのだ。

厨房に入ったオーナーが、熊のような見た目に似合わない小声で、昨日妻になったばかりの可憐な女性に語りかけた。
「かあさん、お客様がお話しにならないことまでとやかく言うのは失礼だが、星川様の胸のバッジ、 あれは松重電機のマークだね。星川様は大企業にお勤めのようだ。」

かあさんは、少し伏し目がちに、即答した。
「いえ、あれは松重電機ではなくて、松重物産ですわ。」
「どうしてわかるんだ?」
「同じマークですけれど、松重電機は後が黄色なのです。松重物産は後が赤。」
「なるほど、星川様のバッジは赤かった。」
「松重建設が青、松重観光は緑…」
「かあさんは詳しいね。どうして?」
「いえ、あの…世界の松重コンツェルンですから…テレビで見て…」
「そうか、なるほど。かあさんの名字と同じ名前の大財閥だからね。興味が湧いても当然だね。」
昨日夫になったばかりの男性が、それ以上深く追求してこないことに、かあさんは心から感謝した。

メニューにはない夕食ができあがった。
それを三人で囲み、結婚祝いの夜になった。






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疲れて果てての休暇が、思いがけず心楽しいものになった祖父は、帰宅前に百貨店に寄って、お祝いのシャンパンを品定めした。赤いリボンをかけてもらった包みを抱えて帰宅する。久しぶりに米を研ぎ、炊飯器をセットした。2切れ入りのパックを買ってきた鮭を一切れ出して塩焼きにした。みそ汁は冷蔵庫に眠っていたわかめだ。味付けに拘ったわけではないが、自分で作ったというだけで、久しぶりに旨いと感じる晩ご飯になった。

翌日、残業せずに帰宅し、祝いのシャンパンを持って「やじろべえ」に行こうと考えていた祖父だったが、終業間際に大きな契約が決まったと、部下からビッグニュースが飛び込んできた。 部下の成長がこれほど嬉しいものだとは思わなかった。よくぞここまで諦めずに頑張ったと、賛辞を送らずにはいられない。苦労話を共にするうちに2時間ほどが簡単に過ぎ、さあみんな、今日は早く帰ろうと声をかけた時には、少しも早くなくなっていた。

祝杯をと誘う部下たちに、予定があるからと丁重に断り、祖父は手を振って帰宅の途に就いた。
今夜は、上司の存在など気にせずに、思う存分騒いでほしい。
いくばくかの軍資金を気の利く部下にそっと手渡しておき、自分は自分の楽しみを味わいに行くことにした。

仕事だけでない自分を発見できて、きっとよかったのだろうと思う。
以前の自分なら、家族との大事な約束であっても、仕事での付き合いを優先した。
今夜は、仕事での付き合いより、自分の楽しみを優先できることが嬉しかった。
とはいえ帰宅が遅れ、着替えるのが億劫になった祖父は、スーツのまま仕事カバンをシャンパンの包みに持ち替えて、やじろべえに向かった。

夜、やじろべえを訪れるのは初めてだった。
営業時間は調べてある。
あと1時間ほどはあるはずだ。

空腹を抱えて戸を開けると、店の中は既に客が帰ったあとらしく、誰もいない。
「いらっしゃいませ!」
明るい声に迎えられたが、入ってよいかと尋ねずにはいられなかった。
「もちろんですわ。あら、今夜は小さいお客様がご一緒ではないのですね。スミレさんは?」
物覚えがよいお嬢さんだと、祖父は目を細める。
オーナーよ、君はよい娘を見染めたものだ。

「スミレは、長野に行ってしまってね。」
「あら。夏休みですからね。」
かあさんに言われて、祖父は世間の小学校がすでに夏休みに入っていることに、この時はじめて気がついた。
「いや、そうではなくて…。」

言い淀む祖父に、かあさんはそれ以上尋ねようとはせず、スミレとともに来店した時と同じ席を勧めた。
手が空いていたらしいオーナーが奥から顔を出す。
「いらっしゃいませ。今夜は何にいたしましょうか。それとも、先に何かお飲み物でも?」

祖父はオーナーを見ると、肚の底から笑いがこみあげてきた。
「オーナー。今夜はこれをね、あなたがたに届けたくて。」
「は?」
「いやぁ、申し訳ないのだが、昨日たまたま、店の外で、その…聞いてしまったのだよ。」
「まぁ!」
意味を理解したらしいかあさんは、両手で顔を押さえてしまった。耳が真っ赤になっている。
オーナーは目を丸くしつつも、臆面もなく、
「そうでしたか!それはどうも恐縮です!」
少しも恐縮した様子を見せずに包みを開け、シャンパンを取り出すと、首を傾げて何か考える様子をしてから、
「あの、お名前は。」
「星川です。星川新吉と申します。」
「星川様。ありがとうございます。」
ようやく丁寧に頭を下げた。
「いや、偶然聞いてしまったからというわけではないが…二人を祝いたかったのと、礼を…。」
「お礼ですか?」
かあさんが不思議そうに顔をあげた。

「はい。あなた方は、スミレを大変喜ばせてくださった。あの子は苦労が多くて、私は何もしてやれず悲しませてばかりだった。あの子の笑顔を見たのは、本当に久しぶりだったのですよ、あの時。」
「そうだったのですか。星川様、それで、あの、スミレさんは…。」
「はい、今は長野の児童養護施設に入っております。」
「まぁ。」
かあさんは、言葉を失った。






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入学式の日に、スミレとまた来ようと約束した「やじろべえ」だが、 思いがけないことになってしまって来られないまま、スミレは長野に行ってしまった。以来、食事など食べてさえいればいい、塩分と脂の取り過ぎさえ気をつけていればいいという程度の暮らしをしている。それも身体によくなかったかと、ふと思う。

スミレがうまいと大喜びだったオムレツを食べてみようか。
なかなか楽しい思いつきだった。

7月、梅雨明けの空は夏らしく青く、じりじりと焼けたアスファルトは陽を浴びて濡れたように光っている。
オムレツよりもビールだなと思いながら「やじろべえ」に着くと、入口の戸が大きく開いて、いつもの暖簾がかかっていない。
おや、と腕時計を見ると、午後2時だ。
そうか、休憩時間に入ってしまったかと、がっかりした。

それでも、店に近づく。
オーナーの声がするので、水を一杯もらってから帰ろうと声をかけようとした。
が、祖父はそのまま息を飲み、聞き耳を立てることになった。

「あの、か、かあさん。」
「はい。」
「ここでの仕事にもすっかり慣れたみたいですね。」
「はい。おかげさまで。もう4ヶ月も。毎日がほんとうに楽しいですわ。」

「お客様として来てくれていた何年か、あなたのような人がここで働いてくれたらと何度思ったか…。それが本当にアルバイトに来てくれるようになってどれほど助かっているか。お客様にも評判がいいし、俺も…。いや、本当によかった。」
「それは何よりですわ。働いてみないかとお声をかけていただいて、私の方こそどれほどうれしかったことか!お料理ができないから、ご迷惑なばかりと思っておりますのに、ありがたいことと、いつも感謝申し上げております。」
「その丁寧過ぎる話し方は…あの…他人行儀というか、緊張するから、そろそろやめませんか?」
「そんな!オーナーに向かって従業員が敬語を使うのは当たり前ですわ。」

男の勘などというものは、あってないようなものだと聞いている。
自分でもそう思う。
が、祖父は、オーナーが何を言おうとしているのか、わかるような気がした。
声だけが聞えてくる二人に、「がんばれ!」とこぶしを握る。
額から汗が筋になって流れるので、祖父は思わず握ったこぶしの甲でぐいと拭った。

「あの、そういうことではなくて…あ、では、オーナーと従業員というのをやめませんか?」
「まぁ!わたくし、クビですの?」
かあさんの、心底驚いた声が響いた。

「そうだ!そうです。アルバイトはクビです。」
「まぁ、どうしましょう。私に何か落ち度が?お許しください。」
「いや、いやいや、落ち度はありません。でも、クビです。今度は、正社員としてもう一度雇います。」
「え?」
ゴソゴソと何か紙がすれる音がする。 

「こ、これが雇用契約書です。終身雇用です。ついでに、住み込みです。お給料はたいしてあげられないけれど、美味しいご飯と、笑いあって過ごす毎日をお約束します。サイン、してください!」
祖父は、戸の外で思わずガッツポーズをした。
オーナー、でかした。よく言った!
しかも、うまいじゃないか。

かあさんの声がしない。
そりゃ、あの美人だ。
いや、美人じゃなくても、唐突に婚姻届を出されたら戸惑うに決まっている。
でも頼む、うんと言ってやってくれ!
さして仲がよいわけでもないオーナーの応援を必死でしている自分が可笑しい。

少し間があった後、かあさんの声がした。
「私、父はもう亡くなりましたし、母も…。兄がおりますが、仕事で遠くに行っております。」
「はい。」
「家事は何もできません。もちろん、努力はいたしますけれど、あまりにも経験不足で…」
「家事などできなくてもいいし、できそうなら、ゆっくり覚えたらいい。」
「結婚式といってもお招きする親類も…。」
「あはは!大丈夫です!結婚式をする金がありませんから、心配いりません。」
おいおい、オーナー、そこは胸をはるところではないぞ。

「俺も天涯孤独です。この店さえあれば一生ひとりでもいいと思ってきました。けど、あなたに会って思ったんです。同じものを見るのなら、ひとりで見るより、あなたと見たい。同じ旨いものを食べるなら、ひとりより、あなたと食べたいって。すいません、カッコいいことが言えなくて。」
「いえ、そんな…。」
「そういうことですから、結婚してくれないと困ります。」
「お困りになるんですか?」
「はい、困ってしまいます。あ、ボールペン、どうぞ。サインはこちらに!」
「まぁ!」
とうとうかあさんが笑いだした。
本当に気持ちの良い笑い方をする女性だと、祖父は入学式の日を思い出した。
頭の良い、気持ちの優しい女性なのだろう。

「よろしく、お願いいたします。サイン、いたしますわ。」
「ほ、ホントですかぁ!」
後々オーナーを見たら吹き出してしまうだろうと思うほど大人げなくはしゃぎまわって、どうやらかあさんを抱きあげたらしい。きゃぁ〜という笑いが勝った悲鳴が聞こえる。
「もう、絶対に幸せになりましょう!」
「はい、是非!是非!」
「では、区役所行きましょう!」
「え〜、今ですか?」
「今ですよ。あなたの気が変わらないうちに!」

すごいところに行き合ったものだ。
これも縁なのだろう。
水を一杯というのをやめて、祖父はそっと店を離れた。

明日の夜、もう一度来よう。
お祝いのシャンパンでも持って。






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スミレがもみの木学園に入園する際、祖父は今日子の許可があるまではスミレに会わないと約束した。園での暮らしになじみ、これまでの様々な辛い経験を乗り越えて幼い人生を再スタートさせるには、それがどうしても必要なのだと言われた。祖父は、承諾するしかなかった。

東京の家で一人暮らしを始めた祖父は、スミレに会いに行かなくなったかわりに、娘のミドリの病院へ折に触れて通うようになった。ミドリは都内の精神科に入院している。一時大きく混乱した様子を見せていたが、次第に症状は落ち着いているようだった。

初めのうちは、面会に行っても会わせてもらえなかった。
祖父は、焦らないことにした。
ゆっくりでいい。
思い通りにならないことも全てまとめて、ミドリなのだ。
すべてを受け止めてようやく、ミドリの父親になれそうな気がしていた。

それでも、スミレがいなくなって2ヶ月もたつと、言いようのない疲れを感じるようになった。体のどこかが悪いというわけではない。眠れないということもない。しかし、どうにも、気力が湧かない。思えば、映画かドラマのような現実を過ごしてきたのだ。それも終わったわけではない。疲れて当然だとようやく気付いた。

以前は許せなかった疲れることやへこたれることを、最近は受け入れられるようになった。自分に優しくするというのは、決して自分を甘やかすことではなかったのだと知った。なぜなら、自分が弱ることを認めて初めて、部下や周りの人々も、疲れてへこたれることがあって当然だと、労わる気持ちが持てるようになったからだ。わかってみれば、労わることと甘やかすことは別のものだった。

そう思うようになったら、部下が自分に向けてくれている労わりや思いやりにも気付けるようになった。今まで、どれほど彼らに対して無理解だったかと思うと、穴に入ってしまいたいほどだ。彼らが見せる親愛の情や温かな思いやりを、仕事に関係のない無駄事と切り捨ててきた自分が恥ずかしかった。

本当は、過去の失礼を面と向かって詫びるのが一番よいのだろうが、これも恥ずかしくてできなかった祖父は、今この時に気付いた親切に対して、心からありがとうということにした。自分から労わりの言葉をかけられると気付いた時には、言葉を惜しまずにかけることにした。

それだけのことで、職場の雰囲気は激変した。少なくとも祖父にとって、自分を取り巻く環境が非常に居心地のよいものになったと感じられるようになった。職場など、効率的で合理的であれば無機質で当然だと思っていたのだが、どうやらそれも思い違いだったようだ。

不思議と、成績を上げる部下が増えてきた。追い立てなくても、できたことを認め、そこまでの苦労をねぎらうだけで、部下が勝手に伸びていく。自分の仕事もどんどん楽になっていった。

それでも、自分の内側に、じわりと疲れさせる何かがあるのは否めない。
ある日、祖父は平日の1日、休暇をもらって家で体を休めることにした。
とはいえ、眠り足りないわけでもなかったようで、かえって普段よりも早くから目覚めてしまった。

先日、納骨した妻の墓参に行くことにした。
それほどゆっくりしたつもりはなかったが、墓に向かっているうちに時間がだいぶ過ぎていた。
予定があるわけでもなし、そのまま家路についたが、ふと思い立って、方向を変えた。
洋食屋「やじろべえ」で昼食にしようと思ったのだ。






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スミレが真理を受け入れたからといって、格闘が終わったわけではない。
ようやくスタートラインに立ったということだ。
1か月泊りがけで頑張る真理が家に帰れるのは、まだ先のことだ。
なぜなら、今度はスミレが片時も真理から離れなくなったからだ。
トイレの中まで一緒に入ろうとするのだ!

一緒に風呂に入った夜のことだ。夜尿があるスミレに、真理は尋ねた。
「おむつ、して寝ようか?」 
通常、この問いかけは6歳児には屈辱となりかねない。
しかし、スミレは小さな声で答えた。
「うん。」
そして、お腹を上にして、コロリとベッドに横になった。

翌朝は、初めて、ベッドに運んだ食事のトレイが宙を飛ばなかった。
その代わり、スミレは真理に向かって口をあ〜んと大きく開けて待つだけで、自分から箸を持とうとしない。
真理はそれを当たり前のことのように、スミレを抱きあげると膝に抱え込み、一口、一口、食事を口に運んだ。スミレはおとなしく食べきった。

赤ちゃんがえりという表現がある。
スミレは今、生まれたての赤ちゃんのように振舞っているのだ。
何も知らない人には奇異にしか見えない光景だが、愛着障害を持った子どもの回復には、どうしてもこの時期が必要だった。

真理はスミレが要求した時に備えて、哺乳瓶ですら用意していた。
しかし、スミレは哺乳瓶はほしがらなかった。
そのかわり、真理のおっぱいを吸いたがった。
お風呂に一緒に入ったらね、と条件を出すと、スミレはすんなり受け入れた。

湯船に浸かりながら、真理の乳首に吸いついて、スミレはちゅぱちゅぱと音を立てる。
母乳が出るわけでもないのに、飽きるまで吸い続ける。
その至福の表情は、乳児そのものだ。
ぷくりと乳首から口を離すのを見計らって、真理はスミレの背中をトントンと優しくたたく。
スミレは何も飲んでいないのに、小さくゲップをするのだ!

おむつは2度ほど濡らしたが、もういらないとスミレが言い出した。
その夜から、スミレの夜尿はなくなった。

食べさせてあげるから、食堂に行こうと誘われ、頷いたスミレは、真理にだっこされて食堂に行ってみた。椅子に座った真理に抱かれて、スプーンで口に運んでもらう。その周囲では、たくさんの子どもたちがワイワイと自分で食事をしている。こぼれただの、おわかりだの、本当に騒々しいのだが、誰もが笑っている。

次の食事から、スミレはひとりで食べると言い出した。
小さな椅子に腰かけて、真理に隣に座ってもらってはいたが、スミレはひとりで食事をするようになった。
その日から、時折真理のおっぱいを探りにはきたが、吸いたがることはなくなった。

初めて真理とお風呂に入ってから3週間。
わずかな期間だが、赤ちゃんとして精一杯大事にされたスミレは、もうそこに戻ろうとはしなかった。

いつものように、おやすみの挨拶をしに、真理がスミレのベッド脇に腰かけた。
スミレは、不意にみみず腫れの跡が何本も残っている真理の手の甲を撫で始めた。
「ごめんなさい。痛くしてごめんなさい。」

真理は大きく長い息を吐いた。
「ううん。大丈夫。もう痛くないしね。それよりスミレちゃん。明日のお昼、真理さんちょっとだけ、おでかけしてもいいかな?」
「帰ってくる?」
「もちろん。おうちに帰って、夏のお洋服を持ってきたいだけだからね。すぐ帰ってくるよ。」
「……じゃ、いいよ。」

翌朝、朝食が済むと、真理はスミレを抱いて、もう一度言い聞かせた。
すぐ、帰ってくるから、待っていてね。戻ってきたら、一緒にお花の本を見ようね。

うん、と頷いたスミレを、他の職員が抱きあげた。
「じゃ、行ってきます。」
真理が背中を向けたとたん、スミレが泣きだした。
「イヤだ!スミレも行く!真理さん、やだやだ!」
真理はふり向くと、もう一度手を振った。「大丈夫、すぐだから、待っててね!」

真理の姿が見えなくなっても、スミレはやだ!真理さん!を繰り返して泣いていた。
でも、30分もすると、泣き疲れたのか、大人しくなった。
職員に勧められるままに、掃除を手伝ったり、荷物を運んだりした。

することがなくなると、スミレは第一観察室に置いてある、キティちゃんのぬいぐるみを持ちだしてきた。
何か話しかけている。
抱きしめたり、撫でたりしているうちに、真理が戻ってきた。

「スミレちゃん、真理さん、帰ってきたよ。」
言われて気付いたスミレは、キティちゃんを放りだすと、真理に向かって駆けだし、思い切りジャンプして真理に抱きついた。
「ほら、ちゃんと帰って来たでしょう?ただいま!」
真理は思い切りスミレを抱き締め、頬ずりを繰り返した。

その日から、スミレは少しずつ真理から離れて過ごせるようになっていった。


格闘のうちにいつの間にか梅雨が明け、小学校は夏休みに入った。
子どもたちが登校しなくなったので、園の中は四六時中お祭り騒ぎだ。
スミレも、そんな子どもたちに混じっていった。







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ある日、真理はスミレを着替えさせようと、ベッドに上った。
入園してから1ヶ月がたっていた。
季節は梅雨をもうすぐで終えようとしている。
あれほど咲き誇った紫陽花も、そろそろ色褪せ始めていた。

スミレはまだ、何も真理に手伝わせてくれない。
それでも、不潔なことは嫌いらしく、スミレは風呂と着替えは欠かさないようになった。
でも、髪を洗うのはまだ苦手らしい。
脂が溜まって髪がべたついている。
汗のにおいも強くなっていた。

食事が進まないので、小さな体がなおさら小さくなっていた。
それでも、真理は一貫して、スミレを担当し続けていた。
なんと、この1ヶ月間、真理は一度の休みも取っていない。
スミレは気づいていなかったが、もみの木学園に泊まりこんでいたのだ。

「スミレちゃん、お着替えしようね。その前に、一緒にお風呂に入ろうよ。」
いつもと違って真理が強引にベッドに乗ってきたので、スミレは慌てた。
逃げるつもりが、簡単につかまってしまい、正座した真理の膝に抱かれてしまった。

真理の体から石鹸の香りがする。
スミレは思い切り手足を動かして、抵抗した。
いつものように、手当たり次第ひっかいてもやった。
それでも真理はギュッと抱きしめて、スミレを離してくれなかった。

不意に、スミレが体の力を抜いた。
だらりと両腕を下げ、体重を真理の体に預けてくる。
と、じわり、じわりと、チノパンをはいた真理の太ももが温かくなった。
あ、と真理は気づいた。
スミレがおもらしをしたのだ。

スミレは動かない。
真理は笑い出した。
「スミレちゃん、服が濡れちゃったみたいだね。真理さんのズボンも濡れちゃったよ。濡れちゃった時はお風呂に入って、着替えるのがいいね。一緒に、お風呂に行こうか?」

真理は畳みかけることをせず、じっとスミレの反応を待った。
少し遅れて、「うん」と小さな声がした。
「だっこ。」もっと小さな声がした。

真理の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
一度だけ、鼻水をすすると、真理は元気に答えた。
「いいよ。だっこしてお風呂に行こうね。」

もみの木学園の職員は優秀だった。
この二人のやりとりは、いつも誰かに見守られていた。
真理はスミレを抱いて、まっすぐ風呂へと向かっていく。
別の職員が、スミレの着替えを用意して風呂に届ける。
また別の職員が、真理の着替えになりそうなものを自分のロッカーからみつくろって、駆け足で風呂場に届けた。

スミレが、真理を自分の安全基地に選んだ。
スミレとスミレを取り巻く人々が、強大な壁を乗り越えた瞬間だった。 






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今日子はスミレを他の利用者である子供たちと同じように、集団部屋のベッドを与えた。
今日子とともにもみの木学園に行ったスミレは、今日子ではなく真理が担当者だと分かったところで、身動きを止めてしまった。

おばちゃんが一緒に寝てくれるようになって、毎晩どれほど嬉しかったか知れない。スミレは一度だけだが、眠ったふりをして、おばちゃんのおっぱいに顔をうずめてみたことがある。やわらかくて、あたたかくて、離れられなくなった。いい香りがした。おばちゃんは、そんなスミレの頭をそっと抱いて、そのまま眠らせてくれた。そんな日に、終りが来るとは思わなかった。

「お前のせいだ!」
小学校で、クラスの誰かが言ったことを思い出した。
いや、忘れたことはない。パパやおばあちゃんが死んでしまったのも、ママが病気になったのも、全部自分のせいなんだ。今度も、私のことが嫌いになったから、おばちゃんは家に置いてくれなくなったのだろうと思った。他の理由が思いつかなかった。

大好きなのに。
大好きなのに!
スミレの心は引き裂かれそうだった。

そこに、真理が現れた。
スミレはまだ、これが運命の出会いであることを知らない。
ベッドに立てこもると、食事も着替えも、すべて拒否した。
トイレにだけはこっそり行っていたが、それも行かないと言い出した。

トレイに乗せた食事を真理がベッドまで運ぶ。
食べない、食べてと押し問答をしていると、突然スミレはトレイを引き掴み、壁に向かって投げつける。
真理はそれを黙って片付ける。
何度投げられても黙って片付ける。

夜尿が始まった。
スミレを夜中に何度か起こす。起きてトイレに行く時も行かない時もある。でも、どちらにしろ朝になると決まってスミレのベッドは濡れていた。
真理はそれを黙って片付ける。布団を干す。洗ってパリッと糊をきかせたシーツを持ってくる。
何度濡らされても、黙って片付ける。

そして、何度も何度もスミレに話しかけた。
最初は返事がないだけだったが、そのうち、真理が話しかけるとムクッと起きあがり、真理の手や足をパシッとたたくようになった。
真理はニヤリとするのだが、スミレは気づいていない。
おかまいなしに話しかける。
今度は手をつかんだと思うと、ガリッとひっかく。
真理の手の甲に血がにじむ。
昨日の傷の上をまたひっかくから、真理の手の甲は傷と共に腫れあがって、カメの甲羅のようになっている。
それでも、真理は決して手を引かない。

次第に、真理が部屋に入るだけで、スミレは「おばさん、あっち行け!」「大嫌い!こっち来るな!」と叫ぶようになった。
「おばさんだけど、真理さんって呼んでね。他の子もそう呼ぶし。」
真理は笑顔を浮かべて取り合わない。

真理は知っているのだ。
「あっち行け!」は「どこにも行かないで!」という意味であること。
「大嫌い!」は「助けて!」という意味であること。
食べないのは、心配してほしいから。
夜尿はひとりで寝るのが不安だから。
暴力は…とくにこの引っ掻き傷は、この人は私の物よと烙印を押しているのだろうと、真理は思っている。

だから、怒らないし、叱らないのだ。
私がこの子の安全基地になる!
今日もまた血をにじませる傷を見ながら、真理は決意を新たにした。 






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スミレがもみの木学園に入園する時、今日子は祖父に約束させた。
「私がいいと言うまでは、スミレちゃんに会えないことを承諾してください。電話連絡もできません。様子は私から知らせますから。」
とうてい納得できないと言うと、今日子は、そうしなければスミレにとって、とても辛いことが起きると言う。
祖父は承知せざるを得なかった。そして今日子はもう一つ宣言した。
「私も、時期が来るまでは、スミレちゃんに会わないわ。」


佐々木夫妻には何の抵抗もなく馴染んだスミレだったが、もみの木学園の暮らしに慣れるのには、想像を超える抵抗を見せた。
しかし、その抵抗こそが必要なものであることを、職員たちは熟知していた。
「いい抵抗だね。これならスミレちゃんは、きっと大丈夫だね。」
「うん、なんとかなりそうだね。間に合ったね。」
職員の会話の意味を知るのは、同業者のみだろう。

スミレが初めてもみの木学園を訪れた時、スミレを案内してくれた長谷川真理がスミレの担当になった。
1年生の担当は他に専属が3人いたが、スミレには当面真理だけが当たることに決まった。
これは、スミレが特別扱いを受けたのではない。
もみの木学園では、新規入園の低学年児には、担当を1人決め、全面的に面倒をみることにしていた。

これは、1980年からDSM−掘弊鎖整絣慍颪凌巴粘霆燹砲忘陵僂気譴拭嵌娠性愛着障害」の詳細な研究から、施設入所の子どもが愛着障害を強く起こすのは、そもそも養育者との関係ですでに愛着形成に問題が出ている上に、施設で、様々な担当者が入れ替わり立ち替わり養育することが拍車をかけるとの研究結果を受け、今日子たちがもみの木学園の立ち上げ以来、改善策としたものだ。

ちなみに、「発達障害」の診断基準も同年にDSM−靴忘陵僂気譴討い襦
脳機能障害のためにさまざまな生活上の支障をきたす「発達障害」の存在は、子どもの生きにくさは育て方のせいではないと、障害をもった子どもたちの保護者を、非難の視線から解放した。しかし、同時に、「反応性愛着障害」を治療対象としたことで、保護者の育て方いかんで、子どもを発達障害と同じような状態に陥らせることができるのだとも言っているのだ。「反応性愛着障害」が第四の発達障害と呼ばれる理由がここにある。

愛着障害がなぜ問題なのか。
子どものころの不幸な体験は、大人になってからの幸せでいくらでも埋められるだろう、結局は本人の生き方次第だろう、と思われがちだ。しかし、DSM−靴忘陵僂気譴襪曚匹量簑蠅箸覆辰燭里蓮愛着の問題が、本人が意思を持たないごく小さいうちに起き、物事に対する理解・反応や健康の基盤を作り、その影響が一生続くからだ。

愛着の形成にとって、非常に大きな条件がある。
それは、愛着の対象は、子どもが選んだただ一人であるということだ。
子どもの周りをたくさんの慈愛に満ちた人で囲んでも、その中に子どもが選ぶひとりがいなければ、愛着の形成は行われない。

生みの親であるか、育ての親であるかは重要なポイントではない。
生まれおちた時からまず3週間。ここが、第一関門。
次に3ヶ月。ここが、第二関門。
そして1年半。ここに一つ目の臨界期がある。
そして6歳。ここが愛着に関する最終の臨界期と思ってよい。

おぎゃぁと泣く。その人がすぐにやってきて、優しく抱き、撫で、声をかける。
それが、当たり前に際限なく繰り返される。
おむつが濡れる。おぎゃぁと泣く。またその人がやってきて、すっきりさせてくれる。
お腹が空く。おぎゃぁと泣く。またその人が、お腹いっぱいにしてくれる。
どこかが痛い時、何かが怖い時、泣けばその人が必ず来る。
だから、安心していられる。

この期間は、マンション建設で言えば、地中に埋める土台を作っている時期といえる。安心の土台が強固に作られれば、背の高い、大きな上物を建ててもびくともしない。台風にも地震にも耐える。ところがこの土台がぜい弱だと、上物を支えきれずに、風が吹いては揺らぎ、揺らぐたびにひびが入る、広がる。外壁が落ちる。これは暮らしにくいと思い、最初の頃は一生懸命上物の手入れをする。が、一向に崩壊は止まらない。

そうして、このマンションの持ち主は、土台に凝固剤の注入を余儀なくされる。
下手をすると、凝固剤の注入を終える前に、人生が終わってしまう。






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それから、3ヶ月が過ぎた。
あの日から、スミレは一度も東京に戻っていなかった。
さまざまな手続きを経て、スミレはもみの木学園に入園した。
2ヶ月前のことだ。

転学照会は学校同士で行われる。保護者の意向だけでは転校できない仕組みだ。スミレの小学校が転学を認める決断を下すのに1ヶ月かかった。1度のいじめ、以来一回も登校しないまま、転学させるという保護者の意向に、学校は誠意という名の抵抗を示した。しかし、当のスミレがすでに長野に住んでいて帰る予定がないという事実が、物事を決定づけた。

もみの木学園入園については、今日子の尽力によるところが大きい。
佐々木夫妻は、スミレを預かって以来、本当に我が子と思って慈しんだ。
スミレには、何もかも新しい経験だった。
何をしても褒められた。何をしなくても許された。
失敗したら励まされた。わがままを言うと笑われた。
時々、おじいちゃんを思い出して泣き出すと、佐々木夫妻は一緒に泣いてくれた。
そして、おいしいご飯を作ってくれた。

今日子にしてみれば、欲しくて欲しくてしかたがなかった子どもだった。神様が、育ててごらんと預けてくれたように感じて仕方がなかった。学園の利用者には、平等やルールが前提になるだけに、やりたくてもできないことがいくつもあった。スミレに対しては、そんなものは取っ払って、今まで彼女が受け取りそびれたものを注ぎ込むように、かわいがった。

東京から転学照会が来たと聞いた時、佐々木夫妻は真剣に、スミレを養女にできないか、新吉に相談してみようと話し合った。
2人の意向にずれはなかった。
わずか1ヶ月の生活で、2人にスミレは欠かせない存在になっていた。

次に新吉がやってきたら、養女の件を申し出ようと決めた夜、いつものように自分のベッドにスミレを入れて一緒に寝ていた今日子は、スミレが小さく「ママ」と寝言を言うのを聞いてしまった。

普段、スミレはママのことを一切口には出さない。
しかし、本当は気にしているのだと気づいた今日子は、愕然とした。
新吉と同い年の自分たちは、スミレから見たら、おじいちゃんのお友達の、優しいおじさんおばさんなのだろう。そして、彼女には本当のママがいるのだ。自分たちが突然、今日からパパとママだよと言うことは、スミレから本当のママを奪うことにはならないだろうか。
たとえそれが、ママとしての機能を果たせないとしても、子どもにとってママはママなのだ。 

スミレが佐々木家にいた1か月、祖父は、週末ごとにできるだけ長野に足を運んだ。スミレは以前と変わらず、祖父に抱かれたり話したりしていた。まるで失恋したような思いで別れたのが感傷的すぎたのかと思うほど、スミレは自然に振る舞う。ミドリが入院している精神科へも足しげく運ぶようになった新吉は、祖父として、父として、何か確固たるものを見つけたようで、佐々木夫妻から見ても凛としていた。

夫妻はとうとう、養女の件を言い出せなかった。 






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ウチの子になる?と今日子に聞かれた時の気持ちを、スミレは後にこう話している。「なんだか、口が勝手に返事をしてしまったの。おじいちゃんは大好きだったし、離れたいなんて思ったことはなかったのに。」

今日子は今日子で、なぜそんなことを尋ねてしまったのか、自分が理解しがたかった。仕事の場面では、決して口にしない言葉だった。
 
結婚してから、なかなか子どもに恵まれなかった今日子は、子どもがとても好きで、夫をとても愛していて、どうにかしてこの人の遺伝子を残せないかと死に物狂いに思った時期が長かった。
仕事は仕事でやりがいを感じるが、それが自分の第一義とはどうしても思えなかった。
しかし夫は鷹揚で「あなたと一緒に毎日を幸せに暮らせたら、それでいいんじゃないの?もしもそこに新しい家族が来てくれたら、それはそれで大歓迎だけれど、それは必須条件じゃない。神様に決めてもらおうね」といって、今日子の死に物狂いにやんわりとブレーキをかけ続けてくれた。
そのたびに、自分が選んだ人は間違いなかったと誇らしく思い、思うほどに、どうにかしてこのすばらしい男性の遺伝子を…と思う。お金も時間も心も盛大に使った堂々巡りは、物理的にその可能性を諦めざるを得なくなるまで続いた。

諦めてみれば、共に生きていく残りの時間をいかに大切にしていくかに視点が定まって肚も据わった。
諦めるとは「明らめる」から来ているという。
方向性が明らかになってみると、視野が広くなり、肩は軽くなり、自分を責める必要もなくなって、これが自分たちの生きる道と、胸を張れるようになった。
その頃からだ。俄然、仕事に対して情熱を感じるようになった。

不思議なことに、時を同じくして、以前の教え子たちからポツリポツリと連絡が来るようになった。
すでに社会人として、親として、奮闘している彼らが今日子のもとに数時間だけ戻ってきて、先生、先生と騒いでいくのを、今日子以上に隆三が喜んだ。
自分の妻が優秀な教育者だということは何となく分かっていたが、教育がどうこういう前に、この人は、大きくなった昔の子供にとって、いまだ担任時代と変わらない安全基地なのだなと気づいたからだ。
それは、技量の問題ではない。知識の問題でもない。ひとえに、人格の為せる業だろう。
彼は改めて、自分の妻の素晴らしさに惚れ直す思いだった。

大きく快適な客間がある家を新築しようと考えたのは、来客が途切れないことを確認したからだった。
我が家にやってきて、あらゆるストレスから一時解放され、心から安らいで眠ることで生きる力が取り戻せるのなら、しかもそれが「血」のつながりではなく、「出会い」さえあればよいのなら、可能性は無限にある。
我が子はどれほど恵まれても10人にもなるまい。でも、出会いなら何千、何万の可能性がある。

今日子から伝わる安らぎが、その人の配偶者や子供たちに、職場の人たちに伝わって、皆が和んでいくところを想像すると、隆三は心から嬉しくなった。
生物学的遺伝子は伝わらなくても、魂の遺伝子はきっと伝わる。
それで充分だと思った。 






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