娘と孫が家を出て、連絡しないと決めた1週間が過ぎた。
祖父はその朝、起きるとすぐに娘の家に電話をかけた。
歩いて10分なのだ。行けばいいのだが、1分でも早く無事な声を聞きたい。
何かが肚の底でチリチリと焦げている。この不安は何だろう。
どこかで予想していた通り、電話に応答はなかった。
留守番電話にもなっていない。
なのに、いくらコールしても娘は電話をとらない。
まだ眠っているのだろうと、焦げたところから立ち上る不安の煙を追い払ってみる。
しかし、その精神的努力は実りそうになかった。
「おい、ちょっと行ってくる。」
祖父は朝食の支度をしていた妻に声をかけた。
「朝ごはん、すぐにできるから。召しあがってからでもいいでしょう?」
「いや…飯は帰ってからにする。二人を連れてきてもいいだろう?」
「そうね。いってらっしゃい。」
妻は、何事にも逆らわない。
そして、案の定、私も一緒に行くとは言わなかった。
雪が降り出しそうな1月の朝は、息が真っ白くなるほどに寒い。
けれども祖父は、気温のことなど何も感じていなかった。
歩けば10分の道を、早足から、最後はかけ足になって、5分もたたずに娘の家に到着した。
ノックをする。
返事がない。
合い鍵を預かっている。もちろん、持ってきていた。
焦っていてもこういうことに落ち度がないところは、彼が仕事で成功していることを裏付けている。
ガチャッと鍵をあける。
ノブを握って勢いよく開ける。
声をかける前に、最初に襲った衝撃は異臭だった。
次に襲った衝撃はその光景だった。
何事にも冷静沈着で滅多に動揺しない祖父の体が金縛りにあったように動かなくなった。
ポチッと応援お願いします