Win-Win

あなたも幸せ。私も幸せ。

2012年10月


おばあちゃんに叱られれば叱られるほど、私は悲しくなりました。自分の恋も、その結末も、自分自身も。わずか1カ月とはいえ、私の毎日は安住さんへの想い一色で過ぎたのです。最初から叶わぬ恋だったわけですが、それでも一生懸命でした。

中途半端な気持ちのまま、私はまた自分に絶望しようとしていました。自分以外の誰もが幸せに見えます。そして、パワフルで前向きなおばあちゃんと話している時が一番、自分を情けなく、ダメ人間だと感じることに気付き、おばあちゃんを怖いと思うようになりました。

それにつけても、私は後藤さんに腹が立ちました。かあさんのことは大好きだけど、かあさんの実家に関わる人々のことが、とても鬱陶しく憂鬱に感じました。融の死とともに辞めてしまった前の会社の後輩から連絡が来たのは、そんな時でした。

その後輩は7歳年下の28歳。入社した時、私とバディーを組んで仕事を覚えてもらったので、それ以来の仲良しでした。いつもマイペース、おっとりとした天然系の彼女は瑠香という変わった名前でした。ルカ?ご両親ともに牧師だと聞いて納得しました。

「せんぱ~い、また失敗して部長に叱られちゃいました〜」電話からのんきな声がします。「先輩がいなくなってから仕事が増えて、困ります〜。忙しくなると頭が真っ白になっちゃってぇ、もうムリです〜。」私は瑠香を食事に誘いました。「焼き鳥食べたかったところですぅ〜。」

久しぶりに会った瑠香は本当に疲れた表情をしていて、電話ではのんきに聞えただけでしたが、本当にへこんでいるようでした。この子はミスが多い。それも、うっかりミスで、慎重にやっていれば避けられそうなのに、避けられないどころか同じミスを繰り返すのです。なのに、いつもケラケラ笑っている彼女は男性からも人気があり、何かと庇ってもらっていたものでした。

焼き鳥を食べながら、ふたりでしこたま酔い痴れました。私は安住さんのことを、洗いざらい瑠香に話しました。すると、ゆるキャラの瑠香から、思いがけない言葉を聞いたのです。
「せんぱ〜い、それ、恋愛じゃないですよぉ。だって先輩、その人の見た目に惚れただけじゃないですかぁ。







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お屋敷はすぐにわかりました。丁度お屋敷の方が門のあたりにいて、案内してくださることになりました。私は口から出まかせで、おばあちゃんの用事で安住さんに会いたいのだと言いました。お屋敷の方は疑いもせず、すぐに安住さんのもとへ連れて行って下さるというのです。

途中、目にするものは「絵に描いたような」と形容するしかない、美しく素晴らしいものばかりでした。庭は公園か動物園か?と思うような広さで、孔雀の群れがたたずんでいたり、木の枝をリスが渡り歩いていたり。

そして、安住さんがいました。そこは、たぶん、テラスと呼ぶのでしょう。安住さんは白いテーブルと椅子に優雅にくつろいで座っている女性に、お茶を供しているところでした。ガラスの天井からは青空が見え、白い雲が流れています。テーブルの周りには、さまざまな観葉植物がのびのびと葉を茂らせています。

女性が、今このお屋敷の主である「花音さま」であることは、すぐに察しがつきました。容貌と言い雰囲気と言い、かあさんにどこか似ていたからです。そして、何事かを話しながら、微笑み合っている安住さんを見て、私は安住さんの「想う方」が誰であるのかに気付いてしまいました。

それほどに、安住さんが彼女を見守る姿には、いろいろなものが漂い出ていました。敬愛、庇護、憧憬…。きっと、安住さんにとって、彼女と結婚するとかしないとか、そういう形態はどうでもよいのでしょう。ただいつでも傍にいて、その笑顔を守るために自分が存在しているというだけで幸せなのではないでしょうか。

そんな愛の形もあると、わかっていたつもりでしたが、目の当たりにするとたじろぐばかりでした。私は身を翻し、案内してくださった方にお礼を告げると、あとは黙って駆けもどりました。おばあちゃんの病室へ。きっと、弱虫、情けないと叱られることでしょう。でも、しかたがありません、本当にそうなのですから。

案の定、姿を見ただけで戻ったという私の報告を聞いて、おばあちゃんは怒りだしました。「まったく、なんてだらしない娘だろうね。イライラするよ。しかたないだの、ダメだのと、勝手に決めつけては逃げてばかり。だから幸せが遠ざかるんだよ!!」私はうつむくしかありませんでした。







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オニババ?私はそんなひどい形相をしているのでしょうか。
「後藤さんは?」私は挨拶も忘れて問いかけました。
「相変わらず挨拶もできないお嬢さんだね。後藤はまだ来ていませんよ。」

どうやら私は早く来すぎたようでした。急に体の力が抜けて、私はおばあちゃんのベッドの脇の椅子にクタクタと座ってしまいました。着替えはしたけど化粧をするのを忘れたことに今更気付きました。夕べは夢を見たけれど、眠った実感がありません。ひどい顔をしているはずです。

「何があったか知らないが、よかったら話してごらん。力になってあげよう。」
おばあちゃんの声がやけに元気に響きます。後で考えれば不思議なのですが、その時、私はとても素直に、出来事を話してしまいました。おばあちゃんは黙って全てを聞くと、思いがけないことを言いました。

「だらしない。たった一度想い人がいると聞いただけで諦めるのかい?そんなことだからロクな人生にならないんだよ。結局自分からは何も言っていないじゃないか。食事に行こうなんて、友達にだって言う言葉だよ。プッシュ、プッシュ!強気で行けば道は開けるさ。」

「嫌です。私、これ以上みっともないことはしたくありません。」
「何を言うかね、この娘は。これ以上みっともなくなりようはないよ。どうせどん底なら、何をしたって同じじゃないかね。だったら、当たって砕けておいでな。」

これで、本当に癌を患って、余命いくばくもないおばあちゃんなのでしょうか?この前向きさ、強気はいったいどこからやってくるのでしょう。でも、話しているうちに、本当に自分は諦めが早くて、だからチャンスを逃し続けてきたのではないかという気がしてきました。

「安住は麹町にいます。行き方は…。さ、行っておいで。そして、ここにまっすぐ帰っておいで。」
私は教わった通りに、麹町のご本宅へ向かいました。できる、できる、できる…試合直前のオリンピック選手のように、自分に言い聞かせながら。







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かあさんはそれ以上多くを語らず、私も尋ねませんでした。
本当なら、仕事はきちんとするのが社会人でしょうけれど、その日はどうにもならず、帰宅させてもらいました。ベッドにもぐりこんで、また泣いて、泣いているうちに眠って、弟の夢を見ました。

夢と分かる夢の中で、弟の融は、黙って立って、こちらを見ていました。何よ、何か言いたいことがあるなら言いなさいよ、私の声は声になりません。弟は相変わらず黙って立っています。どうせバカな姉さんを笑いに来たんでしょう、笑えばいいじゃない。そこで目が覚めました。

もともと、あんな素敵な人が、私なんぞに興味を持つはずがなかったのです。これまでの様々な辛い過去は夢で、今とこれからのハッピーが本当だと思うなんて、何と身の程知らずだったことか。私は何をやってもうまくいかないのだ。そういうふうに、できている。

それにしても、憎っくきはあの後藤です。あの人が余計なことをするから、こんな目に遭ったのです。あの人は歩く厄病神に違いありません。迷惑なんてものではありません。何か一言言ってやらねば気が済みません。そう思い始めると居ても立ってもいられず、私はベッドを出ました。

いつの間にか朝を迎えていたようです。無意識にテレビをつけると、殺人事件のニュースが流れています。ほんの半日前までは、人を殺す人の気持ちなど少しも理解できないと思っていました。でも、今は違います。どんな人も、ひょんなことで気持ちが揺らいで、とんでもない悪事を働くのかもしれないと思います。ニュースの殺人犯だけがとりたてて悪人というものでもないのでしょう。

乱暴にクローゼットを開けると、適当に手に触れた服を出して着ました。夕べ投げ出したカバンをそのまま引きつかむと、私は病院へ向かいました。後藤め!
先日も乗った病院の大きなエレベーターは、その朝も無人でした。面会時間ではないことも忘れていました。

おばあちゃんの病室に飛び込むと、その朝はきちんと中に後藤がいるかどうかを確かめました。そこで確かめるくらいなら、先に確かめればよいものを、そこが私です。病室にはおばあちゃんしかいませんでした。ハアハアと肩で息をしている私を見て、おばあちゃんは言いました。
「おやおや、朝から鬼婆がやってきた。」







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「申し訳ありませんが、お食事には行けないのです。」
「あの、どうしてですか?」
私は言葉にはできない複雑な気持ちで、小さく尋ねました。

「私は、ご婦人とお食事には行かないのです。」
「え?」
「想う方がおりますゆえ。」

こうまで鮮やかに、秒殺で失恋したことはありませんでした。
安住さんの言葉は、思いやりが込められているのは間違いないのですが、あまりにも毅然としていて、揺るがしようがありませんでした。そうですか、と答えた気はしますが、後のことはあまりよく覚えていません。

気付いた時には安住さんは帰っていて、かあさんとおやじさんが引き戸をガラリとあけて戻ってきました。私はよほど虚脱して見えたのでしょう。かあさんが驚いた顔をして声を上げました。
「まぁ!どうしたの?留守中に何かあったのね?大丈夫?」

かあさんの温かい手が私の肩に触れたとたん、涙がとめどなく溢れてきました。私、バカだ。一人で盛り上がって、一人で誤解して、一人で振られたんだ。ひとりよがりもいいところ。バカだ、恥ずかしい。私は子供のように、オンオンと声を上げて泣き続けました。

そんな私にかあさんは何も問いかけず、黙って肩を抱いていてくれました。自分の好奇心よりも目の前の人の痛みを優先することができる、それがこの夫婦の日常でした。この場だから、私はここまで隠し立てなく泣けるのでした。

私はかあさんとおやじさんに、これまでの自分の気持ちを包み隠さず打ち明けました。すると、
「ごめんなさいね。」と、かあさんが謝るのです。
「私、こんなことになるのではないかと、うすうす気づいていたのですけど言えなくて。」







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それは、安住さんがカピバラ食堂にやってきた6度目の日のことでした。折しも、かあさんもおやじさんもでかけていて、店には私ひとりきりでした。安住さんはかあさんにと、私に花束を預けると、そのまま帰ろうとしました。

「あの、お忙しいかもしれませんが、お茶だけでも召しあがりませんか?もしかしたらかあさんたちが戻ってくるかもしれませんし。」
安住さんは少しだけ考えてから、「では、お言葉に甘えて。」と向きを変えました。

席にご案内し、紅茶を用意しながら、安住さんの様子を見ずにはいられません。何度見ても美しい男性です。安住さんは、あの白くてきれいな指を組んで机に乗せたまま、壁の巨大なカピバラの絵を眺めているようでした。

「あの、安住さんは、お休みの日は何をなさっているのですか?」
私は勇気を振り絞って、でも振り絞っていることがばれないように気をつけながら尋ねてみました。安住さんは不思議そうな表情で私を見ると、ふと微笑んで答えました。

「お休みはないのです。用事があるときにお願いしてお時間をいただいています。」
「まぁ!それでは休まらないし、疲れてしまうわ!」
「いえ、そんなことは少しもありません。毎日充実して、楽しく過ごさせていただいておりますから。」

私は何と続けたら良いかわからなくなりました。お休みにすることを聞けたなら、私も一緒にお連れくださいとお願いする心づもりでした。でも、こうもあっさり「ない」と言われてしまうと…。
アールグレイの香りを確かめながらティーセットを運び、安住さんの前に置いた時、自分でも思ってもみなかったことを口走っていました。

「あの、では、今度一緒にお食事に行きましょう。お休みをいただいてください!」
自分の声が耳に入ると、全身に唐辛子をまぶしたようにカッと熱くなって、多分唐辛子以上に真っ赤になって、私はうつむいてしまいました。安住さんの笑い声がしました。







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それから1ヶ月ほどの間、安住さんは週に1度ずつ、カピバラ食堂にやってきました。いつも後藤さんから何か用事を言付かっていて、かあさんに届け物だったり、伝言だったりを持ってやってきて、すぐに帰っていきました。

おばあちゃんがやってくるまで、カピバラ食堂にはほんの時々、後藤さんがそっとやってくるだけだったというので、安住さんが毎週来るのは少しおかしなことのように感じました。それに、あれ以来、後藤さんは一度も姿を現しません。このご時世に伝言と言うのも不自然でした。

安住さんはきっと私との「お付き合い」に乗り気で、何かと用事を作っては私の様子を見に来てくださるのです。ちゃんと仲人さんを立ててのお見合いでもないし、後は当人同士でということでしょう。まずは美しくなる!と決めていた私は、この1ヶ月を本当にワクワクと過ごしました。

とはいえ、何か特別なことを始めたわけではありませんでした。なのに、スルスルと4キロも体重が減って、自分でも驚くほどクッキリと腰がくびれて、服の着こなしがキマるようになりました。お化粧のノリはいいし、何も変えていないのに、髪にツヤが出て、しっとりと落ち着いています。

恋をすると女はきれいになると聞いていたけれど、自覚したのは初めてでした。何歳になっても女は女なのかな、などと考えるものの、気分は女子高生の頃に戻ったようでした。爽やかに目覚めるし、眠るのもまた嬉しく、働くのは楽しく、幸せとはこういうことを言うのかなと思いました。

しかし、これはほんの序章に過ぎないのです。もう少ししたら、私はもっと幸せになるんだわ!そう思うと、これまでの様々な辛い出来事の記憶も薄れていくようで、あれは自分とは関係のない話で、今とこれからこそが自分なのだと思われました。

安住さんは本当は、那須のご別邸というのにいるはずなのだそうですが、麹町のご本宅にいるはずの後藤さんがおばあちゃんにつきそっているので、今は後藤さんに代わって麹町にいるのだそうです。今度安住さんがいらしたら、勇気を出して次のお休みの日はいつか、聞いてみようと思いました。







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「安住にはもう何年も会っていませんが、独身だと思いますよ。かわいらしいでしょう?」
どうもかあさんの記憶には、青春時代の安住さんがいるようで、『かわいい』などと言うようです。今はものすごくダンディ、カッコいい、ステキ…

「弓子さん?」
「いえ、あの、安住さんはとても素敵な方だなぁと思って。かあさんのご実家には、すごい人が何人もいるんですね…。あ、おばあちゃんにもお会いしました。ご機嫌よさそうでした。」

「そう。それは何よりだわ。」
「変なことを言われたんです。なんでも、後藤さんが安住さんに私との交際を勧めたとか何とか…」言っている自分の声が緩んでいるのを感じて、私は恥ずかしくなりました。

「今、何て?どういうことでしょう?」かあさんは机を磨く手を止めて、私をじっと見ています。
「私にもよくわかりません。でも、後藤さんがそう言っていたから、私をどう思うかとおばあちゃんが安住さんに尋ねて…。」

「ほほう、なるほど。それで弓子姉さんはその安住さんに一目惚れしたってわけか!」
厨房からおやじさんが声をかけました。
「いえ、そんなわけないじゃないですか、あの、とんでもない!!」こんな答え方をしたら、肯定しているのとなんら変わりはありません。

かあさんの表情から笑顔が消え、それきり黙ってしまったことに、その時の私は大した意味を感じませんでした。とにかく興奮していて、そのくせぼんやりしていて、周囲のことなどどうでもよい気分だったのです。自分がどれだけ冴えないか、何歳になっているか、そんなことは百も承知です。

でも、そんな自分にやっとビッグチャンスが巡ってきたようです。テレビやスクリーンの中でしか見たことがないような素敵な男性と、自分が並び歩く姿を想像したら、心臓が口から飛び出してきそうです。まずい、少しでも釣りあうよう、私、美しくなる!!私は決めました。







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「それで、お嬢さん、後藤にどんな用事だったの?」とおばあちゃんに尋ねられた時には、もう自分でも何をしに来たのかわからなくなっていました。『感じのよい快活な方』という安住さんの言葉がとにかく嬉しくて嬉しくて、前回はいつだったか思い出せない久しぶりに、浮きたつような気分を味わっていました。

「いえ、そのことはもういいです。おばあちゃんの具合はどうですか?」
「そのことももういいですよ。安住、お嬢さんを下までお送りしなさい。」
「承知いたしました。では、嵯峨さん…」

「あの、みなさん『弓子』と呼んでくださいますので、安住さんも…」
「では、弓子さん。まいりましょう。」
なんて素敵な声なのでしょう。弓子さんと呼ばれて、私はまたまた大興奮です。

安住さんは別れ際に『では、また』とおっしゃいました。私はこの『また』がとても好きなのです。相手がこう言ってくれる間は、また会えるし、関係が切れるかもと心配する必要がありません。安住さんは私にまた会おうと言ってくださったのだと思うと、クラクラするほど感激でした。

どんな演劇を観ても、こんなに感激したことはありませんでした。誰とお付き合いをした時も、これほどドキドキもしませんでした。安住さんに私を勧めてくれたと言う後藤さんの真意は分からないけど、今は感謝感謝感謝です。ひどいことを言ったのに、いい人だなぁ。

家に帰ればよかったのに、私はカピバラ食堂に戻ってしまいました。かといって、エプロンをつけて働くわけでもなく、店終いして明日の仕込みをしているおやじさんや、いつものように丁寧に机や椅子を磨いているかあさんをボケッと見ていたにすぎません。

「弓子さん、後藤は何て?」かあさんが尋ねました。
「いえ、後藤さんはいらっしゃらなくて、代わりに安住さんがいらして、少しお話ししました。あの、かあさん、安住さんって本当に独身なんですか?」







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安住さんは、なぜ執事なのでしょう。
なぜモデルや俳優ではないのでしょう。そんなの、宝の持ち腐れじゃない!と、私は思いました。生きている人間、それも男性を見て「美しい」と思ったのは人生初のできごとでした。

「安住はお嬢さんと同い年ですよ。」おばあちゃんが面白そうに言います。「なんです、初対面の人をそんなに見つめて。」おばあちゃんはどこまでも、人の都合の悪いことをズケズケと言います。
「あまりにハンサムだから、一目惚れしたのだろう?」

「そ、そ、そんなことありません!大変失礼しました!!」
立ちあがってもう一度深く頭を下げると、体温が5℃くらい上がったのではないかと思うほど、クラクラして、全身を沸騰した血液がかけめぐっています。困った!

「どうです、安住。思いがけずご本人登場ですよ。」
「どうとおっしゃっても、大奥様。今お目にかかったばかりですので。」
不可解な二人の会話に、私はそっと体を起こしました。

安住さんが微笑んでいます。美しい。すぐ隣に座って、何気なく膝に乗せられている白い指が長くて、第二関節が少し太く、桜貝のような色をした爪がきれいに切りそろえられています。私は思わず自分の手を体の後ろに回して隠しました。

「お嬢さん、後藤がね、安住にあなたとお付き合いしてはどうかと縁談を持ち込んだのですよ。あまり熱心に勧めるものだから、今丁度その話をしていたところだったのよ。」
「はぁ????」

私はエレガンスのかけらもない声をあげてしまい、あげてしまってからシマッタと気付き、ガッカリして椅子に座り込んでしまいました。どうして私はこうなのでしょう。こんな素敵な男性を前に、格好一つつけられないなんて。どうしようもない女です。

「それで、安住。どうなの?第一印象は?」
私はこの時だけは、おばあちゃんに感謝しました。でも、答えは聞きたくありません。
「そうですね、感じのよい快活な方だとお見受けしました。」







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