Win-Win

あなたも幸せ。私も幸せ。

2012年05月


私怒っていますと、わざわざ相手に知らせるやり方は、人に聞かれた時には否定したことはないけれど、自分では特別な時しか選ばないやり方だった。なのに、今回そんな方法を選んだ陰には、ナナの影響が大きい。

ナナは出来事の背景や関連、人の感情を読み取れないので、ことあるごとに「これはね…」と説明する。お客様の感情や事情が多いが、時に私自身についても語らなくてはならない。

自分の感情や考えについて、誰でもわかるくらい分かりやすく端的に語るには、私自身がその感情や考えを正確につかんでいる必要がある。「あなたがこうした結果、私の仕事が増えて、私はとてもつらいよ。」なぜ、つらい?

時間が足りないから?体が疲れたから?仕事が面倒だから?いつもなら曖昧に、ぼんやりと眺めて通り過ぎる「つらい」をじっくりと凝視して観察する。すると、日によってつらい理由が違うことが分かってきた。

そうこうしているうちに、私自身の中にある、苦しさを生みだす源のようなものに行き当たった。とても幼稚で身勝手なそれは、そんなものを持っていますと表に出すには恥ずかしいようなものだ。でも、それが、確かにそこにある。

それに触れられるたびに、私は様々な苦しみを生みだす。始終触れられるから、始終苦しい。そうやって自分を苦しめて、心も身体もオーバーワークになってきたのだろう。なるほど、そういう仕組みだったか。

だったら、人に触れられる前に、自分でケアできないのだろうか?と最初は思った。でも、何か違う。そうじゃない。表に出すのを恥じなければいいじゃないか。多分、これを持っているのは私だけじゃないはずだ。





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「ねぇ、お昼ごはん何にしようか?」イケメンの彼氏が問いかける。
「う〜ん、何でもいい。」彼女は考えた風もなく即答する。
連休中のショッピングモール。背後から何度もそんな会話が聞こえる。

「ねぇ、お昼にしようよ。何食べたい?」「何でもいいわ。あなたの食べたいもので。」またか?と思わずふり向いて凝視してしまった。ごめん、あなた方のせいじゃないのよ。ただ、女性の皆さんが、あまりに同じ返事をするので驚いて。

私は夫以外の男性から「ねぇ、何食べたい?」と聞かれたら、必ず何かリクエストする。店の名前を言うことは滅多にない。「米、かな。」「野菜たっぷり。」時には「コラーゲン」とか「元気が出るもの」とか「厄払いできそうなごちそう」とか言う。

すると男性は、一生懸命リクエストに応えようとしてくれる。その姿がとっても素敵で大好きなのだ。10代だろうと60代だろうと、男性相手の時にはいつもそうだ。思いがかなっても、相談する過程で違う行先になってもそこは構わない。

そして、そのお食事が美味しかったら、「ああ最高にいい気分。いいお店知っててくれて嬉しいです。」と感謝できる。もしも今一つだったとしても「ごめん、最初のリクエストがイマイチだったからですね。」店選びをしてくれた男性のせいだけにしないで済む。

でも、これって女性らしくないのかもしれない。もっと曖昧に、頼りきりにした方が、男性にも心地よいのかな。それともあれは若者だけに許される特権のようなもので、こんなオバサンがそれではマズイのだろうか。

「あなたはどう思う?」気心の知れた男性に聞いてみた。
「実際、何でもと言われると女性の気持ちを探らなくちゃいけなくて責任重大。気が重いんですよ。その気の重さを知ってて軽くしてくれる、気持ちが透けて見えるようなあなたはやっぱり男前だと思います。」それ、誉めてるのか?






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怒りも恨みも、気持ちが通じ合わないことも、考え方がかけ離れていることも、どれも苦しいものだ。だったら、いっそ感じなければよいのに、気付くと自ら進んで苦しさを感じようとしていることがある。

執着はよくないと言われるけれど、なぜいけないかというと、こだわっている物事が思い通りにならないと、たちまち苦しみに変わるからだ。苦しみはストレスとなって、私たちの体や心をダイレクトに蝕む。

腹立たしいと感じたことを、なぜ繰り返し繰り返し思い出してはイライラし続けるのか。なぜ苦しみを握りしめて手放そうとしないのか。心を大きくして、強くして、苦しみなんか手放せる人間になるべきだ。そんな本や考え方も多い。

けれども、苦しみを握りしめ続けるのと同じくらい、そこにある苦しみを無視しようとしたり、無理して何もないふうを装うのは私たちを損なうのだと思う。また、その必要もない。なぜなら、私たちはひとりで生きているわけではないからだ。

叱られて、身にしみて覚えることがある。怒られて、ようやく気付く真実がある。恨まれて、初めて振り返れる欠点がある。そうやって、人は自分だけでは見えない自分を見たり、育てたりすることができる。誰かの苦しみが私を育てる。

できれば誰かの苦しみに寄らず育ちたいものだけれど、そういう一面は確かにある。だから、苦しみは抱える意味も価値も、きっとあるのだ。かといって、しがみつく必要もない。いずれ速やかに手放すつもりで、あるうちは大事にしてみる。

今回私を心底落胆させ、怒りを通り越して悲しい気持ちにさせた人物も、ダイレクトに気持ちをぶつけられて、さすがに背筋が伸びたらしい。その後ちらりと見かけたら、表情が引き締まっていた。ま、恐怖に戦いているだけかも知れんが。





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なにっ
お詫びのメールだった。腹が立つ。がっかりだ。返信を打つ手が止まる。いつも即返信の私から30分以上も返事がないのだから、先方も気をもんでいるだろう。

感情をメールに託して送るのは危険だ。特にそれがマイナス感情の時には。言葉は独り歩きする。言葉の力を信じている私は、しばし気持ちとケータイを持て余す。いっそ無視しようか。

これまでの私なら、ここは心を落ち着けて、大人の女らしい返信をするところだ。相手はすでに非を詫びている。怒りをぐっとこらえて、「反省してくれればいいです。もう繰り返さないでくださいね。」最後の「ね」が大事だ。これ一文字で全体が和らぐ。

しかし、今回はどうしても心も指も、そんなメールは打てるものかと拒絶する。実際、私は心底怒っている。でも、相手からは私の顔も声も見えないし聴こえない。今後の展開は私次第だ。大人の女か?無視か?それとも…

私は、過去の自分にはあり得ない、第3の選択肢を選んだ。「ひどい!がっくりだよ!」怒りまくりの絵文字3種類付き。それも、もとからケータイに入っているやつではなく、わざわざサイトからダウンロードした、特別バージョンだ。

もらった方も驚いただろう。返信が来たのは1日たってからで、さらに丁寧に詫びる文章だった。怒りが収まっていなかった私は、さらに追い打ちをかける。今度は冷静に非を分析し、反省を促す短文だ。こういう時の私の短文は我ながら迫力がある。

怒りは苦しみに通じる。我から望んで苦しみを抱えることもない。でも、最初から怒りを感じないならともかく、感じている怒りを隠すことが、なによりも自分を苦しめることに気付いたのだ。怒っている自分も、まさしく自分自身だから。





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過日の歓送迎会で、例の上司がビール瓶片手に寄ってきた。
「もう、あなたしかいません」の元癸魁0枡粟茲よほど居心地よいのだろう。お肌のつやが大変よろしい。よかったですね、おめでとうございます。

「それで、どうなの?」
彼の質問に答える隙も与えられず、いろいろな人が彼に寄ってくる。そりゃそうだ。なんだかんだいって、頼りにされた上司なのだ。

そのまま連れ去られた彼のことは放っておいて、料理やご挨拶を堪能していると、酔っ払ったN嬢がやってくる。酒豪・うわばみと名高い彼女が、今夜はしたたか酔っている。水より酒が飲みやすいはずなのに、どうした?

タガが外れたN嬢は、腹蔵なく思いを語る。おやおや、相変わらず鋭い。いずれ彼女は職場を背負って立つ人材だ。が、そのためには取れなければならないものがある。それを彼女に伝えられるのは、今はもう私くらいか。

私の立場がどのようなものか、何も知らないはずのN嬢は的確すぎるほど的確に見抜いていた。大したもんだな。そこへ、元癸海ワインを抱えてやってくる。「それで、どうなんです?」

N嬢がトイレに立った隙を突いた、絶妙のタイミングだった。「おかげさまで、今にも死にそうです。そりゃもう、すごいことになってますが、新しい上司にも相談に乗っていただいていますし、日々勉強しています。」「あなたが勉強してどうします?」

愛のバラ話はそこまで。N嬢が戻ってきて、会話に入りたいという。酒宴の席で極秘の仕事話をしようとするあなたが甘い。これまた酔っ払った癸韻泙任笋辰討て、私の周囲はエキサイト。会場中の注目を浴びる。

「ごめんなさい。これ、差し上げます。これくらいしかできません。」
帰り際、元癸海蓮異動した人に贈られた花束を最敬礼で手渡してくれた。





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雨の外出で疲れた体を、まだ陽が落ちきらない時刻の長風呂で癒す。丁寧に体を洗った湯あがりは、すっかり火照ってクラクラする。熱が引くまでと横になったらウトウトしたらしい。キュウリ畑の夢を見た。

沖縄を思わせる冴え渡った青空の下、畑にはキュウリがたくさん実っている。ツヤツヤしたの、真っ直ぐなの、伸びすぎたの、曲がったの、膨れたの、いろいろ見える。農夫がいる。なぜ全部真っ直ぐなのにならないのかと悩ましい。

同じ長さ、同じ太さ、真っ直ぐなキュウリだけであれば、商品として大変売れ行きがよく、儲かりやすい。伸びすぎたり曲がったりしたのは価値が下がる。できれば1本のハズレもなく、真っ直ぐで丁度良い長さのキュウリにしたい。

私は、自分は農夫なのだろうと思っていたけれど、農夫を外から見ているところから、何か別の者らしいことに気付く。ふと、農夫とは違うことを考え始めた。真っ直ぐのキュウリは高い。買えなくて、食べられない人もいるかもしれない。

曲がったキュウリは安いから、真っ直ぐが買えない人でも食べられる。漬物には、ちょっと伸びすぎたやつのほうが合う。そうか、曲がったやつにも、伸びすぎたやつにも、それにしか持てない価値があるのだ。

それでも、どうにも価値がなくて捨てられるキュウリも出てくる。それはそれでいい。また土に帰っておいで。その時気がつく。そうか、私は農夫じゃなくて畑なんだ。改めてキュウリたちを見る。もう、どんな形でも大きさでも構わない。

ただ、それぞれがあるように育ってくれればそれでいい。全部が同じであってもいいし、なくてもいい。そうか、育むとはこういうことかと納得する。農夫の悩みでさえ、あってもいいし、なくてもいい気がしたところで目が覚めた。





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ゆうべ、職場の歓送迎会でした。
離れてたった1ヶ月ですが、あのお顔、このお顔が懐かしく、嬉しく楽しい時間でした。中でも、本当に仲が良かった彼女とのおしゃべりが、まあ、楽しいこと!!

異動した方が前に出て近況報告をしている様子を見ながら、来年は私があそこに立つんだなぁと思うのです。何を言うのかなぁ。花束を渡してくれるのは誰なんだろう?なんて。

日常でお酒を飲むことはほとんどありません。
嫌いなわけではないけれど、私の体はお酒があまり好きではなさそうです。
でも、今夜は特別、この1ヶ月の頑張りに乾杯と、ずいぶん飲みました。

飲むと、強いのです。目しか酔わないのだそうです。
でも、頭の中は酔っ払って、ナナのことも、ほかのことも、ど〜でもいいような気がしてきます。最近マルマルしてきた下っ腹のことも…

宴果てた後、当たり前のように彼女と待ち合わせて、小さな紅茶ゼリーを食べながら、1ヶ月の出来事を話し合いました。気付けば2時間、体感覚は30分くらい。これが友達よねって思うのは、気持ちも意味も何もかも通じること。

愚痴も文句もある。お互い背負っているものがあるからね。噂話もするし、裏話もする。怒るし笑うし、がっかりしたりヤル気出したりもする。話題もあっちに飛んだりこっちに飛んだり。でも、何も心配ない。全部共有できる。なんて心地いいんだ〜!!

酔うと笑いたくなる二人が、思い切りおしゃべりして、まずい終電だ!と帰る楽しさ。またね!と手を振ったけど、次は来月かな。再来月かな。
心が通じ合わない経験をしているからこそ、通じ合う喜びが深まった夜でした。





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なんと、4回目の投稿になる。
ナナの最終回を書くたびにエラーが出て投稿できない。エクスプローラがフリーズする。神様は、よほどこの記事を読ませたくないらしい。

2000件も投稿してあった記事を削った理由もここにある。
知らずに書いていた時期はよかった。
でも、知ってしまったからには放置できない。

ナナとのことについて、消えた3回分に書いたことを思い返す。
1回目は問題外、2回目はあれがまずいか。3回目は?
なるほど、そういうことか。それも、ダメなのか。

ブログは、不特定多数の方が目にするから、読んでくださった方の数だけ「理解」が存在することになり、もしかしたら何らかの影響力を持ってしまうかもしれない。ここから先は禁足地なのだ。

ナナとのことは、きっと今はここまでなのだろう。
でも、時間は続いていく。いつかまた、続きを書いていい時が来ると思う。
その時は、へぇ、なるほどと、あなたにも思ってもらいたい。

人間が、他の動物と明確に違う点をひとつだけあげるとすれば、自力で生きていけない個体や組織に不利益をもたらす個体であっても生かしておく点にあるのだと思う。ナナは、人間でなければ自然淘汰されているだろう。

「もう、あなたしかいません。」
管理職が言った言葉を、神様からの伝言だと思ってみる。人間が人間であるための証明をお手伝いせよとのことか。ならば、やってみるしかないよね。






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