Win-Win〜あなたも幸せ。私も幸せ。〜

今ここで生きていることを楽しむためのブログ

2007年12月

笑顔でしめくくり!

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 こんばんは。Hikariです。

 

 今年最後の一日も、あと数時間となりました。みなさま、いかがお過ごしですか?

 

 私は、ちょっとのんびり起きたあと、パソコンに向かって、私のもう一つのブログを久しぶりに更新していました。

 

 12月31日までに本を100冊読むブログ

 

 丁寧に書評を書いていたら追いつかなくなって、10冊ほどで投げ出していたのだけど、読んだ本の記録だけでも残したいと思い立ち、日付なんか適当に、とにかく読んだ本を書き出していきました。

 

 今、手もとにないものあり、あと5〜6冊は書きそびれていますが、だいたい年間50冊ほどの読書だったようです。目標の半分は達成できたってことね。

 

 2008年も年間100冊を目標に、インプットを続けたいと思います。楽しんで続けたいですね。そうして、アウトプットも。できるだけリアルタイムに感じたこと学んだことをアウトプットしていきたいです。

 

 2008年最初の1冊は、今夜眠りに着く前に読むつもりです。

 

 

 

 ところで。

 

 昨日、今日とご近所のデパートに買い物にでかけました。スーパーより近くにデパートがあるんだから、しかたがない。

 

 とにかくものすごい人出でしたが、男性と女性と、大人と子どもが同じくらいの数ずついるから、やっぱり年末なんだなと思います。

 

 贈り物を買いに行ったのですが、私はこうしてお休みを楽しんでいて、お店の方はお仕事をされているんですよね。

 

 こんな時は特に、ありがとうという気持ちが強くなります。

 

 みんな一斉に休んでしまったら、忙しい私は贈り物を自分の目で確かめて選ぶことができなくなってしまいます。こうして年末ギリギリまでお仕事をしてくださる方がいるから、私にも贈り物を選ぶという楽しみが味わえるのです。

 

 お金を払うのは商品の対価。

 

 もちろんそうなのですが、それだけではなくて、私のこの「ありがとう」の気持ちもその代金の中に入れたいなと思うのです。

 

 それだけでは足りなくて、品物を手渡してくださる方の目を見てみます。そうして声に出して「ありがとうございます。」と言います。

 

 ああ!ほんとうに、どなたもどなたも、ステキな笑顔になるのですね。まっすぐにこちらを見返して、ありがとうを返してくださいます。

 

 その微笑の優しいこと!!なんて幸せな気分でしょう!

 

 お金さえ払えばどのような態度をとったって客の自由だなんて考え方の方は、きっとこのブログの読者にはいらっしゃらないでしょう。そんな考え方はもったいないです!こんな幸せな気持ちになれるきっかけを逃してしまいますもの。

 

 

 自分の気持ちをちゃんと伝えた結果、今夜こうして私は家にいて、今年最後のひとときを、心穏やかに充実して過ごしています。

 

 明日早朝、くまさんの故郷の秋田に向かいます。大雪が降っているようです。気をつけて行きたいと思います。

 

 

 今年一年、ありがとうございました。あなたが来てくださることが、応援してくださる声が、今年はいつもより増して心の支えでした。

 

 来年も、Hikariが感じたことを、のんびり笑顔でしなやかにお伝えしていこうと思います。

 

 これまでどおり、また遊びにいらしてくださいね!

 

←ありがとうございます!

”ありがとう”でコーティング

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 こんばんは。Hikariです。

 

 朝から大掃除を続け、ようやくひと段落。外出しての用事も済ませて、スパークリングワインをグラスに一杯。すっかり酔っているHikariです。

 

 あなたは大掃除をもう済ませましたか?

 

 私は2週間以上も前からあちこちを丁寧に掃除し続けてきましたが、今日がその総仕上げ。家具を異動して、ぞうきんがけをしました。

 

 高校教師だった私は数年前に「ぞうきんがけというのは、自分でするものではなくて、生徒達にさせるもの」と言って、友人を笑わせたことがありました。

 

 でも、今ではすっかりぞうきんがけが好きになりました。

 

 だって、本当に本当に、空間がスッキリするんですもの!!

 

 リビングから玄関まで、フローリングがフラットに続く我が家では、掃除機で埃だけは毎日取り除いているものの、こびりついた油ヨゴレはそのままに。それを、バケツに薄く溶いた台所洗剤を固く絞った雑巾で拭き取っていきます。

 

 ただ拭くだけではありません。

 

 ちょっと、想像力をはたらかせてみるのです。

 

 ぞうきんはヨゴレを取り除いていきます。こびりついたところがあったら、そこだけ丁寧にキュッキュと拭きますよね。

 

 その時、あなたはヨゴレに集中するのではなくて、この一年、この床と天井とのおかげで、あたたかく居心地よく過ごせたことに思いを馳せてみていただきたいのです。

 

 私は本気でそう思います。

 

 この家に住めている自分というものに、驚きを隠せないのです。

 

 幼い頃、家具がある3畳の部屋に父と寝ていた私。少し成長して、4畳半の部屋に弟と寝ていた私。

 

 6畳の1DKで一人暮らしをしていた私。2LDKで結婚生活を始めて、気まずいことがあっても、逃げ場がなかった私。

 

 それが今はどうでしょう!!!

 

 床暖房で寒い日でもぬくぬくと安らぎ、大きな窓を開け放っては暑い日でもクーラー知らずです。

 

 強い雨音におびえることもなく、遠くに望む富士がどれほど勇気付けてくれるかしれません。

 

 住宅ローンがあろうと、心からこの家が好きで、ここに住めることを感謝せずにはいられないのです。

 

 床さん。ありがとう。私を住まわせてくださって、本当にありがとう。

 

 丁寧にぞうきんがけをしながら、ありがとう、ありがとうといい続けます。

 

 ヨゴレを落とした後、「ありがとうワックス」でコーティングするみたいに!

 

 するとどうでしょう!?

 

 床が喜んで、ピカピカと輝きます。家の中の空気が澄んで、ますます居心地がよくなるではありませんか!!

 

 

 

 最近思うのですが、感謝の気持ちというのは、今の自分が幸せだからこそ湧いてくるものですね。

 

 もちろん、言葉が先にあるというのも、事実だと思います。「ありがとう、ありがとう」と言っていると、感謝の気持ちがあとからついてきます。

 

 でも、自然発生的に感謝の気持ちを持つとしたら、それは自分が幸せだと実感している時なのではないでしょうか。

 

 では、どうしたら「今私は幸せだ!」と実感できるのでしょう。

 

 それは、ただ、自分がそうだと決めればいいのですね。人と比較してでもなく、ある条件を満たすからでもなく。ただ、「自分は今、幸せなんだな」と思えばいい。

 

 そうすると、今の自分を支えてくれているもの、成り立たせてくれているものが見えてきます。

 

 それらの物事に、「今の私があるのはあなたのおかげです。ありがとう。」と当然のように感謝することができます。

 

 相手が床でも、壁でも。人でも、出来事でも。いずれ失うとわかっているものなどは尚更、出会えたことだけでもありがたいという気持ちになります。

 

 

 

 あなたの大掃除が明日ならば、ぜひオススメします。あなたの環境をきれいにしながら、あなたの「ありがとうワックス」でコーティングしてみてくださいね!

 

 

←ありがとうございます!

明日はちゃんと

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 こんばんは。Hikariです。

 

 夕べ、日付が変わる頃、雨の中を長野から帰ってきました。

 

 昨年は一日もスキーをせず、今年は夏以降ずっと体調が悪くて、運動らしい運動をまったくしていなかったので、1日半、夢中になって滑っていたら、体中がくまなく筋肉痛になりました。

 

 痛みは避けたい?いえいえ、心地よい痛みです。

 

 24時間たった今は、だいぶ痛みもうすらいで、重いだるさに変わってきました。こちらのほうが不快といえば不快です。

 

 

 

 さて。

 

 遅く起きたとはいうものの、珍しく一日中、くまさんと一緒に家にいました。

 

 いろいろなことが済んでいるくまさんは、所在なさげにのんびりしています。

 

 年賀状作りだの、調べ物だの、あれこれ用事がある私は起きてからずっと動き詰めです。

 

 私の年賀状ができたら、一緒に歳末バーゲンをしているお気に入りの店にいきましょうと約束してあったのだけど、私の用事がすべて終わったのは午後4時を過ぎていました。

 

 その頃から、私はコホコホと変な咳をしています。

 

 風邪じゃありません。

 

 言葉を飲み込むから、ストレスがたまって咳になるんです。

 

 私はつけっぱなしのテレビが大きらいです。でも、くまさんはテレビがついていないと落ち着かない人です。

 

 私は集中して手早く仕事を終わらせるために、先に一息つくのが好きです。でも、くまさんは、仕事をしてから休めといいます。

 

 私はおうちが大好きで、帰るところがここしかないからだけど、ここにいるのが幸せで本当に本当に大好きです。でも、くまさんは外に遊びに行くほうが好きです。家にいるのはムダだと思っているようです。

 

 時計が1月1日になる瞬間は、この家のあるじとして、私はここにいたいんです。ここにいられることを心から感謝しながら。もう10年も、私の気持ちを説明して、そういい続けているのに、くまさんは今年も平然と、31日はどこかに泊まって…なんて言います。どうして分かってもらえないのかな。

 

 それでも。

 

 私はいつも「そういう考え方もあるんだよね。」と思ってしまいます。

 

 思ってしまうと、「なんで分からないの?私の好きにさせてよ!」と、ドラマのように言い合いをする気持ちがなくなってしまうんです。

 

 そうして、私はこうしたいのに!と言いかけた言葉を飲み込んでしまいます。

 

 飲み込み損ねた言葉が、胸につかえて咳が出ます。

 

 そうなんだよね。

 

 あなたのような考え方もある。

 

 同じように、私のような考え方もあるんだよね。

 

 私だけ飲み込み続けていたら、私がかわいそう。

 

 明日はちゃんと言ってみようかな。

 

←ありがとうございます!

冬の休暇

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 おはようございます。Hikariです。

 

 今日から仕事納めまでの3日間、休暇をいただきました。

 

 夏もぜんぜん休まなかったし、9月以降は治療のために毎日数時間ずつ遅れて出勤したりしましたが、休暇というとほとんどとっていなくて、久しぶりです。

 

 長野に行ってこようと思います。

 

 いつもお世話になっているベルクトール丸北さんが改装オープン、お祝いに行きたいのです。

 

 今年のクリスマスは気ぜわしくて、とうとうカード1枚送れず、プレゼントをしたのもくまさんだけというひどさ・・・

 

 Hikariのクリスマスを気遣ってくださったみなさま、本当にごめんなさい!そしてありがとうございます。

 

 お礼の気持ちは、お年玉にしたいと思いますので、どうぞお楽しみに!!

 

 では、いってきます。

 

←ありがとうございます!

メリークリスマス!

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 クリスマスの夜に、こんばんは。Hikariです。

 

 たくさんの笑顔ときらめき

 

 素直な気持ちで向き合える

 

 いとおしい人々と分かち合う

 

 かけがえのないひと時。

 

 あなたにも、わたしにも。

 

←ありがとうございます!

答えがやってくる

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 おはようございます。Hikariです。

 

 クリスマスイブです。

 

 昨日の曇り空は青空に変わり、ベランダからは真っ白になった富士。手前の山並みまで雪をかぶっています。一昨日の雨は、山では雪だったのですね。

 

 

 

 余談ですが、このブログのタイトルが『Win-Win』だからでしょうか、先日最終回を迎えたドラマ『医龍2』に何度も出てきたWin-Winという言葉の意味や、同時にされていたサインをお調べになりたくて、ここを訪れる方が増えているようです。

 

 サインというのは、左右の手の人差し指と中指をくっつけた形にして、顔の横に立てて、指を二度、すばやく曲げて見せるサインです。

 

 このサインが「Win-Win」を指しているとお考えの方がいらっしゃるようですが、誤解です。このサインは「いわゆる」という意味です。

 

 Win-Winは、関わった双方に利益がある状態のことですね。『医龍2』で言えば、自分さえよければOKの野口教授が失脚した結果として、投資会社も、地域医療も最先端医療も、医師も患者も利益を得る結果となりましたよね。あれがWin-Winかと思います。

 

 Hikariの行動は、基本的にこのWin-Winに根ざしていたいと思っています。それがこうして広くみなさまに認知していただけるのは、とってもうれしいことですね。

 

 

 

 さて。

 

 余談が長くなってしまいました。今日の本題は、昨日の記事の続きなんです。

 

 潜在意識のお話といってもいいかな。

 

 22日のことです。セカンドオピニオンを聞きに行った後、予定の電車までに20分ほど時間がありました。

 

 昨日も書いたとおり、セカンドオピニオンで聞いた内容は、半分は予測の範囲内で、半分は想像すらしなかったことでした。

 

 その想像すらしなかったことというのは、擬似体験というかたちで訪れたので、その体験から何がわかったのか、解釈する必要がありました。考えをまとめなくてはなりませんでした。

 

 擬似体験した世界は、本当に素晴らしいものでした。私にこんな世界が訪れるとは!と、驚くばかりでした。でも、それだけではなかったのです。

 

 それだけではない何かを、私は言葉にして理解したいと切望していました。

 

 

 22日は朝から、「良質の読書をしたいなぁ」としきりに感じていました。

 

 このところの忙しさと疲れとで、読書量そのものも減っていますが、内容も、知的好奇心を満足させる程度のもので、魂を揺さぶられるような、心の底に響き渡るような読書をしていないのです。

 

 20分あれば本屋さんに行けると思いました。

 

 こういう時のHikariの本探しは、ちょっと独特です。

 

 ボンヤリとした視線で居並ぶ本を眺めながら、ただ棚の間を歩いていきます。

 

 そうして、何かの理由で(たいがい、その理由が何なのかはよくわからないままです)目に飛び込んできた本を選びます。

 

 そうすると、その時の自分になくてはならないことが書いてあるのです。

 

 10分もかからないことがほとんどです。

 

 22日も、そうやって10分ほど、本屋を歩きました。でも、何も目に飛び込んでは来ませんでした。あれ?

 

 お手洗いに行って、ちょっと目を閉じ、心の中ではっきりと宣言しました。

 

 「私に必要なメッセージが本になっていて、今すぐ私はそれを手にすることができる。ありがたいことです。」

 

 何度もしつこく自己暗示をかけるような、そういうやり方ではありません。

 

 もしも「信じる」というのが「疑う」の反対語であるならば、私のこの感覚を「信じる」という言葉で表現するのはふさわしくありません。

 

 そうだな、「知っている」というのに近いかと思います。

 

 そうなることを私は知っている。そういう感覚です。

 

 

 お手洗いを出て、本屋に戻りました。と、すぐに、まだ見ていない棚があることに気付きました。

 

 その棚には、最近、各新聞の書評欄で取り上げられた本を集めてある棚でした。

 

 つい最近までそのような棚はなかったので、きっと本屋さんが新設したのでしょう。それで見落としてしまっていたのですね。

 

 手頃な厚さの文庫本を手に取りました。日本人作家が書いた、奇抜な小説のようでした。ちょっと興味は持ったけど、これではないと、はっきりわかりました。

 

 その文庫本を元に戻しながら、一段上の棚に、もっと薄い文庫本があることに気付きました。まさに、本のほうから目に飛び込んでくるような感じでした。

 

 あ、これだな、と思いました。

 

 見ると、著者は海外の作家のようです。見たことも聞いたこともない人とタイトル。そのままレジに行くと、薄いくせに700円以上もします。本は値段を見ないで買うんです、私・・・。しまった、ちくま文庫って高いのよね。

 

魔法の庭 (ちくま文庫 か 25-3)

 

 短編集です。電車に乗ってから読み始めると、それがイタリア人作家による民話であることがわかりました。

 

 Hikariはあまり外国文学を読みません。というのも、その国の文化に対してある程度の知識がないと、その文学が本当に伝えようとしていることがわからないからです。

 

 例えば、北国の雪を一度も見たことがない人に「トンネルを抜けたらそこは雪国だった。」と読ませても、その一行の向こうにある冷たい空気や真っ赤になった鼻や指先のことはわからないのです。電車の窓が凍り付いていて、開けるのに力がいることも、開けた窓から粉雪が吹き込むことも、雪国の冬を知っている人なら容易に想像しますが、そうでないと、ただ、トンネルの向こうに雪国があるだけです。その一行の味わいを受け取りきることができないのです。

 

 それがイタリア!ワインとサッカーしか知らないぞ。

 

 まぁ、いいや。

 

 最初の短編は、何が言いたいのやら面白いのやら、さっぱりわからないままに、字面を追うばかりの読書でした。こういう読書をしたのはいったい何年ぶりか?と思うようなやり方でした。

 

 ところが、本のタイトルにもなっていた次の短編になって、行が進むにしたがって、私は周囲の音が聞こえなくなり、自分が電車の中にいることも忘れ、本の世界に没入してしまいました。

 

 そこに、私が知りたかった、すべての答えが、これ以上ないほど分かりやすい言葉で書かれていました。

 

 少年と少女が、ある美しい庭に迷い込みます。庭の持ち主が追い出しに来るのではないかと怖れながら、二人はその庭で遊ぶのですが・・・

 

 少し不安だったのだ。いや、だれも見張ってなんかいやしない。思ったほど楽しくはなかった。心の底に絶えずもやもやとした不安のようなものが澱んでいて、みんな他人のものなのだから、いつ何時、出て行けといわれて追いはらわれたって仕方がないと思っていた。

 

 それにお菓子の味もミルク紅茶の味も分からなかった。その庭にあるもの全部がそうだった。うつくしいのに味わうことができないのだ。これは運命のいたずらにすぎないのではないか、すぐにでも釈明をもとめられるのではないか、そんな窮屈な感じと不安とがつきまとって離れないのだ。

 

 ・・・・なにか大きな手違いで自分に与えられているだけなのだと思っているようだった。だから彼には味わうことができなくて・・・・

 

 

 引用の中の太字は、私が引き付けられたところです。驚くばかりでした。そうなのです。その通りなんだ。私の今の状態がこれだ。これなんだ!

 

 ふと気づくと、電車はもうすぐ乗り換えでした。私は答えをつかまえて本を閉じました。

 

 自分のものでないから美しさを味わえないなら、自分のものにしたらいい。そのための方法があると、さっき聞いたではないか!

 

 進む道も明らかになりました。

 

 こんなふうにして、私はがっかりの世界から脱出したのでした。

 

←ありがとうございます!

逃したチャンスにはわけがある

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 こんばんは。Hikariです。

 

 仕事がひと段落して、昨日と今日とはとってものんびりしています。

 

 昨日は朝から寝具の大洗濯大会。枕本体までしっかり洗濯して、ものすごく気分よく眠ることができました。

 

 夕方、出かける用事があったので、その前にセカンドオピニオンを聞きに行きました。

 

 そう、先日、とてもがっかりしたと書いたことについて、別の立場の専門家からの意見を伺おうと思いついたのです。

 

 物事というのは、多面的なものです。

 

 一方からだけでは見えないものが、他方に隠されているのかもしれません。

 

 それに、チャンスは、けっこう、いつでもやってくるものです。

 

 準備をしていれば、チャンスをつかむのはたやすいはずです。

 

 それでも掴めなかったチャンスがあるとしたら、つかまないほうがいい理由があるのかもしれないと、いつも考えます。

 

 何か、準備に不足があるのかもしれません。見落としている条件があるのかもしれません。

 

 それを整えてからでも遅くないよ、もっといいチャンスがあとから来るからね、そういうメッセージなのかもしれないと考えることにしています。

 

 まぁ、そう考えはしても、その「理由」や「条件」がはっきりするまでは、ずっとがっかり落ち込むんですけどね・・・。前回書いたとおり、ぐずぐずべそかきながら、立ち止まって、うずくまって、じっと考えて考えた結論。それがセカンドオピニオンでした。

 

 私が抱いた夢については、がっかりな結論を出した方面以外に、同業がいくつかあって、そちらに行くことも考えられました。

 

 でも、あえて、その方面と、このテーマについては敵対する立場の専門家に意見を聞くことにしてみたのです。しかも、こちらの専門家は、10年ほど前から私を知っています。

 

 答えは、ある意味予想の範囲で、ある意味予想を遥かに越えた内容でした。

 

 私にがっかりを突きつけた方面は、私が思ったとおり、判断の途中であるミスを犯していました。

 

 そのミスがなかったとしても結果は変わらないので、不問にふそうと思います。

 

 さらに、判断にいたる過程に必要な技術が未熟であったこともわかりました。

 

 これも、仮に熟達していたとしても結果は変わらないので、不問にふしましょう。

 

 ただ、そういうわけで、私が思った場所と方法とでは、私の夢をかなえることができませんが、ほかの方法や場所では、あるいは叶うかもしれないことがわかったのです!

 

 しかも、叶った状態を擬似体験することができました。

 

 それは、人生を書き換えるような、言葉にならないどころか、これまで想像すらできなかった世界でした。

 

 ただ、これほど長いあいだ心の底から欲していたというのに、私はあまりに素晴らしく、あまりに今とかけ離れたその世界を、自分のものとして楽しむことができなかったのです。

 

 そうです。これが、「理由」です。きっと。

 

 私がこの前のチャンスを掴まえられなかったのは、今、私のすべてをその世界にしてしまっても、私はそれを受け入れられないのです。楽しめないというより、苦しみの原因になってしまうのです。私はこのことを完全に見落としていました。

 

 そうして。

 

 諦めずに、冷静に、もう一歩を踏み出してセカンドオピニオンを求めた私に、天は答えをくれました。

 

 なんと、私は、私が憧れ続けた世界を、最初から自分のものとして受け入れられないという理由で諦める必要はないというのです。

 

 少しずつ慣れて、少しずつ自分のものとしていく方法が存在していました。その方法を手に入れるのは簡単なことでした。高価でもないし、時間もそれほどかからないのです。

 

 今日、再度その専門家を訪れ、その方法の具体的な提示を受け、また擬似体験して、私の意見も聞いてもらって、チャレンジすることに決めました。

 

 このあまりにも素晴らしい世界にすっかり馴染んでから、もう一度先日のように夢に向かって再チャレンジしたら、あるいは簡単に叶うかもしれません。

 

 仮に叶わなくとも、ほかの方法で、その結果を手に入れられることがわかったのですから、大きな収穫です!

 

 

 

 

 これで、私の「くよくよがっかり」の時間も終了です。

 

 いつも人の身の上のことばかり悩んでいて、自分のことについてこんなに悩み落ち込んだのは久しぶりでした。

 

 でも、落ち込んでよかったです。がっかりした甲斐がありました。

 

 諦めなくてよかったです。

 

 まだ、チャレンジは始まったばかりですが。

 

 Hikari応援団のみなさん、いつも本当にありがとうございます。心から感謝です!

 

←ありがとうございます!

泣きたい気分で

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 こんばんは。Hikariです。

 

 あっという間に、21日です。

 

 もうすぐ、本当にもうすぐ、クリスマスだ。

 

 だからどうというわけでもないのだけど。

 

 

 

 がっかりが消えなくて重たい心と、

 

 貧血がまた進んできて重たい体と。

 

 私の隣で輝いている笑顔がなかったら、もうずっと前に崩れていたかもしれないなと思います。

 

 あなたの笑顔は、そんなふうに、あなたが知らないうちに誰かをそっと支えているかもしれません。

 

 あなたの元気は、そんなふうに、あなたが気づかないうちに誰かをほっと安らがせているのかもしれません。

 

 私も、そういう笑顔や元気でいたいのだけど。

 

 でも。

 

 少し、立ち止まってもいいかな。

 

 ちょっと、休もうかな。

 

 なんだか、泣きたくなってきた。

 

←ありがとうございます!

がっかり

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 こんばんは。Hikariです。

 

 ゆうべ、とってもがっかりすることがありました。

 

 すごくすごく期待して、夢見ていたことが、叶わないとわかったんです。

 

 心のどこかで、「だめなんじゃないかな?」と思うたびに、「いや、きっとうまくいく。望み通りになる。」と、弱気な自分を流し去ってきました。

 

 「できますよ、おめでとうございます。」と告げられる場面を何度も想像しては、「ありがとうございます!」と感謝している自分を、もうこれ以上はないほどリアルに感じられていました。

 

 夢が叶った後で、感想文を書いたらどうなるかと想像してもいました。いますぐに、ここに書き出せるくらい、文章も練ってあったんですよ。

 

 それでも、完膚なきまでに否定されてしまった・・・と感じる状態でした。

 

 顔の筋肉の力を抜く?

 

 そんなこと意識しなくたって、顔中の筋肉が重力に引っ張られて落ちていくのではないかと思うほど、がっくりと力が抜けました。顔だけでなく、体中から!!

 

 涙をいくらこらえても、心がピーピーと泣くんです。

 

 まだ諦めちゃいけない。まだほかの手もあるんだ。分かっているのに、落胆して、もう自分は前に進めないような気がして。

 

 夕食を食べる気力もなく、ベッドにもぐりこんで、こんな時の習慣にしたがって、お気に入りのCDを聴きはじめました。

 

 良質のヘッドホンを通じて、音が頭蓋骨の中にしみこんできます。

 

 いったい私は何を期待していたんだろう?これからどうしたいんだろう?どうできるんだろう?

 

 そんな質問が、次々に浮かんでは消え、浮かんでは消えていきます。

 

 いつの間にか、涙だけがポロポロとこぼれていて、ヘッドホンが濡れています。

 

 傷つくって、こんな感じだったな。久しぶりに思い出しました。

 

 明日の朝には元気を出そう。そう約束して眠ったのに、やっぱり今日になっても元気は出ませんでした。

 

 だめだなぁ。いつもは痩せ我慢して、かっこつけて、傷ついていないフリができるのに。今回は本当にがっかりがそのまま表情になって、姿勢になって、言葉になって声になって、外側にこぼれてしまいます。

 

 「大丈夫ですよ。まだ諦めないでくださいね。」弟子が私の顔をのぞきこんで、何度もそう言います。私が育てた宝物。こんな時に支えになってくれるなんて、もう弟子は卒業かな。

 

 Hikariの、がっかり体験談でした。

 

←ありがとうございます!

顔の筋肉をゆるめる

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 おはようございます。Hikariです。

 

 昨日は見えなかった富士山が、今日はよく見えています。

 

 頂上付近は強い風が吹いているようで、雲と言うよりは雪が舞い上がっているかのような様子が印象的です。

 

 きっと、昨日よりも寒いんだろうな。

 

 

 

 さて。

 

 誰かと話をしているときの、自分の顔というのを意識してみたことがありますか?

 

 あなたがアナウンサーで、テレビに映るのがお仕事だったなら、こんな質問は無意味ですね。

 

 でも、多くの人は、誰かと話しているときの自分の顔を客観的に見ることはできません。

 

 イチバン近くにあるのに見えないもの。それが顔だなぁと思います。

 

 先日、ある対談の最後に入室して、同席したことがありました。

 

 部屋の中には確かに緊張感が漂っていました。

 

 私の仲間と、お客様が対談していたのですが、仲間の顔にはかすかな困惑の表情があって、私が入っていったときに、「これで流れが変えられる」と思ったような印象を受けました。

 

 私がその部屋に行ったのは、私からでないと伝達できない連絡事項があったからです。その前に、とても大事な確認を・・・それは仲間がすでに伝えておくことなっていたのではありましたが・・・しました。

 

 すると、お客様は「その話は先ほどもしました。」「ええ、わかっています。」と、ちょっと拒絶感をこめた返事をされます。

 

 あれ?と思いました。

 

 お客様にとってあまり聞きたくない、不都合な話だったからでしょうか?

 

 その時、なぜか、今思っても不思議ですが、私は相手の表情ではなく、自分の表情に意識が向いたのです。

 

 顔の筋肉がこわばっていました。

 

 肩にも力が入っていて、カチカチになっていました。

 

 きっと、とても威圧的で近寄り難い印象を与えていたと思います。

 

 それに気づいて、急いで顔の筋肉をゆるめてみました。

 

 口元に笑みが浮かぶようにと思いました。

 

 肩からも力を抜き、同時に、前のめりの姿勢だったのを、まっすぐに背筋を伸ばしてみました。

 

 たったそれだけで、場の雰囲気が変わったような気がしたのは、私の主観でしょうか?

 

 

 

 自分のことというのは、ことさらに意識的にならないと、わからないものですね。

 

 わかった、と思うことも、実はそのとおりではなかった!なんて、よくあることです。

 

 それだけに、意識して自分のことを観察してみたいなと思った出来事でした。

 

 

 

 あなたのお顔の筋肉はいま、どんなふうですか?

 

 もしも力が入っていたら、どうぞゆるめてみてくださいね!

 

 和顔愛語。穏やかで優しい顔、愛のこもった言葉。いいですね。

 

←ありがとうございます!

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