おはようございます。Hikariです。
マンデリンが届きました
この馥郁たる香り!濃厚な味わい!!
わが県が誇る有名な滝の名水でいれたコーヒーを脇に、今日の記事を書きましょう。
アルケミストさん、温かなお心遣い、ありがとうございました!!次の機会がありましたらマンデリンにガネーシャを添えて・・・へへへ
夢のよう
さて。
最近つくづく、人を形に例えるなら、球体だなぁと思うのです。
ボールみたいな。地球みたいな。
例えば、あなたと私が向かい合うでしょう?
そうすると、ボールとボールが並んでいるような、月と地球のような感じになると思うのです。
そのまま見ているなら、私には、あなたの球体の半分しか見えませんよね。
あなたからも、私の半分しか見えません。
ここで、お互いが自転してみたらどうでしょう?
少し時間がかかりますが、私にはいずれ、あなたのぐるりが見え、あなたにもいずれ、私のぐるりが見えるでしょう。
でも、横方向に一定に自転していたのでは、北極と南極の方といったらいいのかな?はじっこはまだよく見えませんよね。
そこで、規則正しい自転ではなくて、縦横無尽にぐるぐるしてもらったらどうでしょう?
これで、私にはあなたの全貌がまるごと見えます。まるごと理解できます。
あなたにも、私の全貌が見え、まるごと理解できるでしょう?
海も山もあるでしょう。砂漠もきっとあるよね。
それもこれもひっくるめて、まるごと「そうなんだな」と受け入れるのが愛だと、昨日話しましたよね。
それならばつまり、愛というのは、相手に縦横無尽に回転することを許すことになりませんか?
相手のよいところ(自分にとって都合のよいところ、自分が好きになれるところ)だけを見せていてほしいと思うのは、地球に「自転しないでください!」と言っているようなものです。
つまり、不自然なんだね。
そうして、相手に本当に自分を愛してほしければ、自分もまた、縦横無尽に自転しなくては。
相手に気に入ってもらえそうな面ばかりを向けていようとするのは、相手に愛するチャンスを与えないことであり、自分にとっても不自然なことなんだね。
だから、「カッコつけた気取ったお付き合い」は、いずれ破綻するんだな。
ここまでわかったら。
私の前に現れる人には、安心して、縦横無尽に自転してほしいなぁと思うのです。
自分の球体のこっち側を見せたら嫌われるんじゃないか?と不安に思う人がいたなら、たくさんのエネルギーをプレゼントして、そんな不安を振り払って自転できるようにしてあげられるような人になりたいなぁと思うのです。
そのためにはまず、私自身が、縦横無尽に自転してなくちゃね。
私は、そんなところに、愛の本質を観ています。





いいんですか?そんなことして。」
」





