Win-Win〜あなたも幸せ。私も幸せ。〜

今ここで生きていることを楽しむためのブログ

2005年12月

棚上げしていた問題を発見する

a9214d22.png

 今夜もただいまです。

 とうとう今年最後の夜になりましたねぇ。
 Hikariの今日は、だるくて寝ていた〜い体をたたき起こし、ともすれば挫けてしまいそうな気持ちを奮い起こして最後の大掃除をしました。

 今年は早くから計画的に少しずつ進めていたおかげで、今日は本当に最後に残ったところ・・・家具を動かしてホコリを掃き出すとか・・・にチャレンジしました。くまさんは玄関担当。Hikariはキッチンとリビング。半日がかりでしたが、おかげで本当にきれいになりました。

 さて。
 年末にはそぐわないようなクラーイ話を続けていますが、今日でひと段落。どうかお付き合いくださいませね。

 昨日は、「もしかしたら魂がずれちゃっているんじゃないの?」「だから今目の前にあることに集中できなくて、幻ばかり追いかけているんじゃないの?」と気がついたという話でした。

 これは私にとっては、とても説得力のある気付きでした。

 さらに考えを進めて、近年繰り返し起きていた人間関係のトラブル・・・仕事でも私生活でも・・・について、よく考えれば同じパターンがあることに気付きました。

 そのパターンとは、相手が「問題だ」と感じていなかったことを私が「問題だ」と感じてしまったがために、相手を混乱させたということ。
 もう一つは、やりとりを続けているうちに、相手がそれまで出していなかったマイナス面を出すようになってしまうというものでした。

 問題意識のずれはいくらもあることなので、ずれが解った時のコミュニケーションが問題ということでしょう。

 それ以上に「これはマズイ!」と思ったのは、私とのコミニュケーションの中で、相手が欠点をさらけ出してしまうということだと思いました。なぜなら、相手が欠点をさらけだしてしまうのは、私自身が欠点を前面にしてその人と向き合っているからなのです

 たとえば、私が自分のコミュニケーションの欠点だと思っていることに、相手によって本当の感情をいえなくなるというものがあります。

 相手が今非常に苦しい状態にあるとしますよね。それを何度も伝えられていて、それは大変だなと思っていたとします。すると、その相手から腹の立つようなことを言われても、「傷ついた」とは言い返せなくなってしまうのです。そんなことを言ったら、相手は「わざとじゃないのに、そんなつもりじゃなかったのに」と、私以上に傷つくのではないか、そうでなくても苦しい状態にあるのに、私まで苦しめていいものか・・・と思ってしまうのです。

 だからなのでしょうか、過去に言われたりされたりした不愉快な言葉や出来事を、謝罪を受けたかどうかに関わらず、長い間ひきずってしまうこともあります。

 理由はどうであれ、相手のミスをしつこく覚えていて、なのに本心を伝えられなくてウソを重ねるわけですから、よいコミュニケーションになんかなりはしません。

 それでも、相手が優しさと深い洞察とで向き合ってくれるのなら道はあるのかもしれませんが、本来はとても優しい人でも、その時はそうでない面で私と向き合っているので、ことはこじれていくばかりなのです。

 つまり、トラブルの原因は私にあるのだと思ったのです。

 あっ

 ある日唐突に、思いつきました。私は、そういう人間関係をもっともっと、ずっと前から知っている

 そうなんです。両親との関係です。

 両親は、彼らの持っているマイナス面を全開で子育てをしていました。私はそれを憎んで、それはもう憎悪と言ってかまわないくらいで、力の限り腹を立て、暴力に怯え、でも、殺されるのが怖くて一つも言葉に出しては言えなかったのです。

 成人してからもそれは変わりませんでした。何度か自分の苦しかった子ども時代の話を伝えましたけれど、「未だにそんなことを根に持っているのか、おまえはいやらしいくらいしつこいヤツだ、だからお前はダメなんだ」という返事を聞いて、もう親との関係は何もかも諦めていました。

 そうして、このことについてそれ以上考えるのをやめ、棚上げしてしまったのです。

 しかし、よく考えればどうでしょう。
 私が欠点を前に出して人と向き合ってしまうのにそれなりの理由があるように、両親にもきっと理由があってのことだったのでしょう。私が(たとえそれが間違いであったとしても)相手のことを思っているのと同じように、両親も彼らなりのやり方・考え方で「私のことを思っていた」という一点だけは、きっと確かなのでしょう。

 そうか。私と両親とは同じなんだな。

 そう思ったら、過去の痛みや辛かった時間が消えるわけではないけれど、もういいやと思いました。今までひどい態度をしてごめんなさいと謝るつもりはないけれど、今日からひどい態度を重ねるのをやめることはできると思いました。

 そう思ったら、さらに解ったのです。

 私がこの問題を棚上げしていたから、何度も何度も繰り返し、同じ問題が押し寄せてきて、私に気付きと解決を促していたんだなって。

 夢の中に出てきた黒い犬。
 あれは、私の「棚上げしていた問題」だったのです。かつて、そのことしか考えられないくらいだったのに、今ではすっかり忘れてしまっていた。でも、本当はそれがとても大事だったと解っていたんです。そうしてその問題は、手放していい時を迎えていたのです!

 それで、昨日ちょっと両親に会いに行ってきたわけでした。

 さあ。これで、私の魂を呼び戻す旅は、スタートにふさわしい環境を整えることができました!あの夢は、やはり本当に大切な夢でした。

 明日から新しい年です。
 そんなこんなを乗り越えて、Hikariの毎日がどう変わったか、明日以降そんな話を書いていけたらいいなと思います。

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 そして、今年一年どうもありがとうございました。

 かつてこのブログの読者であった方、
 今このブログを楽しんでくださっている方、
 まだお会いしていない未来の読者の方々、
 皆さんに溢れるほどの幸せが訪れますように

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださってありがとうございます。

悲しい自分を発見する

2b4a72ea.gif

 今夜もただいまです。

 思い通りに元気にならないのではありますが、ようやく書きあがった年賀状を投函するついでに、くまさんと一緒にちょっと実家に寄ってきました。

 以前からの読者の方は、私と実家の両親とがどのような関係であったかご存知かと思いますが、今年になるまで、私は、「ちょっと寄ってくる」なんて気持ちにはカケラもなれずにいました。それが、今回「ちょっと行ってくるかね〜」と思ったのは、「物事がうまく行かないのは、自分の見方・考え方に原因があるのかもしれない」というクリティークをするようになった結果なのです。(クリティークってまのっちさんに教わりました。アリガトウ

 でも、それは明日書きますね。今日はそのちょっと前までのお話しです。 


 ☆見たいものしか見えない

 傷。
 痛み。
 汚れ。
 すき間。

 こういう不都合なものばかりを見つけてあげつらう人がいる。一方、こういう不都合なものから目を逸らして、見ないでいる人もいる。

 マイナスの感情に支配されて生きている人がいる。一方で、マイナス感情などないかのようにふるまって生きている人もいる。

 本当に不都合やマイナス感情がないなら、それでいいかもしれない。

 でも、人が生きていくには、必ず不都合もマイナス感情もあるんじゃないかな。

 そういうものを、怖がることはないんだ。

 こころから「不都合やマイナス感情は成功への過程だ」と信じているのなら、怖れる必要はないんだ。

 穴があいている。
 傷がついている。
 汚れている。

 それはあってもいいものだ。あるなぁと気付いて見つめていてもなくならないだろうけど、なくならなくても少しも私を損なわない。

 素敵で幸せな自分だけを見ていたいと思っていれば、人は自分の素敵で幸せな部分だけを見て生きていくことができる。

 だけど。

 そういう生き方をしていると、見てもらえないもう一人の私が〜傷ついてボロボロで、弱くて嘘つきで見栄っ張りで傲慢な私が、〜寂しがってシクシク泣くんだなぁ。

 その泣き声がいつでも聞こえているものだから、幸せなふりをしていても、本当に幸せな気持ちにはなれないんだなぁ。


 紅い手帳にこんな文章が書きつけてあります。

 改めて自分の過去を、静かに顧みてみたのです。いつからこんな体調になったのだっけ?いつから眠たくてたまらなくなったのだっけ?いつから対人恐怖の気持ちが強くなったのだっけ?いつから?そうしてそれはどうしてだったのかしら?

 すると、「辛い、悲しい、苦しい」と思ってもよかったのに、それはいけないと考えて、無理にも乗り越えようとしてきたいくつかの出来事を思い出しました。

 両親とのことだけではありません。離婚に至った経緯や、生徒の死のことなど、どれもこれも、本当は抱えきれないくらい辛かったのに、一生懸命潰れないように、へこまないように、私以上に辛いと感じている人の支えになるようにと頑張ってきた出来事でした。

 その時です。

 「魂がずれている」という声が聞こえました。大きく、頭の中に・こころの中に響き渡るような声でした。


 ☆魂を呼び戻せ!

 子供の頃から大きなショックがたくさんあって、
 あまりに辛いことが多かったから
 予め計画してきたものの、
 魂が驚いて半分抜け出してしまったらしい。

 いつもそこはかとなく感じる脱力感。
 今、目の前にあることに集中できない状況。
 何かが足りない気がしてならない不足感。
 これらがみんな抜け出してしまった魂の影響だとしたら?今の私が体だけの抜け殻だとしたら?

 呼び戻そう 私の魂。
 呼び戻そう 体の中へ。

 そして、今を生きよう。
 今を大切にしよう。
 今を本当に楽しもう。


 まとはずれな話かもしれません。
 けれど、私はその時ようやくわかったのです。

 現実があんまり辛いから、直視できなくて、他の方のことに夢中になることで眼を逸らしているうちに、辛くて悲しい自分自身がそのまま置き去りにされてきたのです。もう逃げ出したいと言う気持ちそのままに、魂が抜け出して、幻の、空想の理想的な何かばかり見ようとするようになって、今目の前にあることに注意が向かなくなったのです。

 幻を見るには、眠るのが一番楽でしたから、いつでも眠くなるのでしょう。

 私は真剣に、辛くて悲しかった自分をもう一度見つめなおして、そこに置き去りにしてきた私の魂を、今の私のところへ呼び戻そうと決意しました。

 そうして、あの夢の意味が半分わかりました。あの川辺のマンションに盗みに入った大事な何かは、私の魂だったのです!

 明日はもう半分の気付きについて書きますね。
 今日も長い文章、読んでくださってありがとうございました。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださってありがとうございます。 

自分を点検してみよう!

c91fead3.jpg

 今夜もただいまです。

 夕べはわれながらオロカでした。薬が効いて咳が減ってきたので、「久しぶりに途中で起きないで眠れてしまうかも」と思うとうれしくて、舞い上がってしまい、ドキドキドキドキして、気がついたら午前1時。おいおい、早く寝ましょうよと思うのに、ワクワクワクワクして、さらに気付いたら午前2時。いっそ咳が出たほうが早く寝たでしょっというような夜でした。

 さて。
 今日は「自分を疑ってみよう」というお話なんです。でも、誤解をしないでくださいね、悪いことは何でも自分のせいだとか、自信を持つのは間違っているとか、そういう話ではないのです。どうか、ゆったりとお読みくださいね。

 まずは、私が体験した実話を例にします。

 去年から、廃油を使って石鹸を作っています。数名の人と協力して作るのですが、去年は準備をしたことはなくて、そろえていただいた材料を使って、手順どおりに作るところを分担していました。

 手作りというのは面白くて、同じ油、水、酢、苛性ソーダを使って作るのに、出来上がりが全然違うのです。色とか、手触りとか。固まり具合も違います。どうやら気温や水温が大きく影響するようでした。

 今年になって、昨年までの担当者が別の仕事に就いたので、私がその作業をメインに担当することが増えました。するとどうでしょう。1/2は必ず失敗作になるのです。油が分離してしまって固まらないのです。

 もちろん、他の方とも相談して原因を探りました。でも、まったく思い当たりません。一部替えた道具を元に戻しても、やはり1/2は失敗します。手順も確認しなおし、材料の鮮度も確認しましたが、やはり原因はわかりません。

 元の担当者にも来てもらって、作業を見てもらいましたが問題はないと言います。皆で途方にくれてしまいました。

 何もかも去年と一緒なのに、なぜ今年は失敗がこんなに多いのだろう。

 何ヶ月も考えて、あっ!と気付きました。

 あったのです、去年と違うことが。

 担当者です。去年のメインと、今年のメインが違うのです!

 つまり、準備をしている人間が違うのです。

 私の準備の仕方が、去年の準備の仕方と違っているということはないだろうか。私は何事も大雑把です。それが原因なのでは?

 去年の担当者に細かいレシピを再度確認し、慎重にその通りに揃えてみました。1グラム単位まで計り直し、1cc単位も同じになるように、慎重に。すると、今年新たに計量に使い始めたカップの目印に誤りがあることがわかりました。さらに、同じと思っていた苛性ソーダの量も、微妙に多寡があることがわかりました。

 ああ、なんということでしょう!
 失敗の原因は、私にあったのです!私のずさんな管理が失敗につながっていたのです!

 これがはっきり解ったのは10月でした。(なんと長いこと気付かなかったことか!)そして、慎重に計量した材料を使って作ったところ、失敗作は一つもできなくなったのです。

 私が傲慢な性格で、自分に誤りの原因があるなどと考えもしないでいたから、こんなにも長い間失敗を繰り返したということですよね。

 卑下しているのではありません。その事実に気付いて、私は感動してしまいました。

 実は、このことに気付くきっかけになったのは、図書館で借りた箱―Getting Out Of The Box だったのですが、それはまた別の機会にお話しましょう。

 ともかく私は、この出来事から、目の前に起きている事象と自分との関係を、今までと違った見方で見るようになったのです。

 解りやすく言うと、

 それが問題であるのは、私の見方・やりかたが、それを問題にしてしまっているからではないか?

 と、考えてみるようになったわけです。

 例えば、玄関の靴がそろっていないのが気になってしかたがないとしますよね。「どうして靴を揃えられないのっこんなこともできないなんて常識はずれで小学生以下だわっ

 でも、そろえない人にとって、靴がそろっているかどうかは大した問題ではないわけです。「気になる」「イライラする」「きちんとそろえてほしい」というのは、気にしている私だけの問題なのですよね。

 では、私が見方を変えてみたらどうでしょう。「靴はそろっていなくても害はないけれど、できればそろえてほしいなぁ。」

 最初の状態では、もう喧嘩ごしで、言われた相手も腹を立てるに決まっていますよね。でも、後のほうならどうかしら。こういう気持ちで頼まれたら、まぁやってやらないでもないな、くらいには思いますよね。

 だからね。
 何か思い通りにならないことがあったら、「これが思い通りにならないのは、私の見方や考え方に問題があるからではないかしら?」と点検してみることにしたのです。

 これは、ある程度、自分と言うものに自信があって初めてできることだと思います。自分をコントロールする力、自己嫌悪とか自己卑下とかに逃げてしまわない強さが備わってきたからこそ、できるようになったのだと思います。

 でも。
 そうやって点検して、なるほど私の見方には問題があると気付いて、できる限り修正してみても、どうにもうまく行かないことってあるんですよね。特に、相手が私といることで混乱したり、マイナス面を出し続けたりしていて止められない場合などは、一度さっと身を引くことにしています。時間がたてばお互い変わることもあるでしょうし、誰かがいなくなれば、新たな誰かが必ず現れるはずですから。のんびりのびのび、時間をかければいいことです。

 というわけで、今日は「自分の点検」のお話をしました。

 明日は、この「点検」の結果発見した、忘れていた出来事についてかきたいと思います。

 今日も読んでくださってありがとうございました

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださってありがとうございます。

プライドを支える花

360d8cfb.jpg

 今夜もただいま帰りました!

 また喉が痛み出し、激しい咳に微熱、これでは無事に年を越せなかろうと観念して、病院に行ってきました。できるだけ薬ではなくて自分の力で治したいのだけど、スキーから帰ってきてひどい風邪をひいてしまったくまさんと一緒の病院なので、なんとなく引きずられて行ったようなものでした。

 深刻な患者さんが続いている様子だったので、ただの風邪なんてドクターも息抜きついでに診てくれるかな?なんて失礼なことを考えていたのですが、「大丈夫だけれども、この風邪は長引くよ、薬はきちんと飲むんだよ、寒いことはいけないよ。」と、それはそれは真剣に、こころのこもったお話しぶりで、すっかり嬉しくなってしまいました。

 いただいた薬はものすごく眠くなります。おかげで、久しぶりに咳で目が覚めることもなく眠れるのではないかと期待しています。

 さて。
 今日も紅い手帳からご紹介したい文章があります。
 言葉で気持ちを伝えるということに失望してしまっていたHikariは、ともかくも、温かい言葉で表現できるものをたくさんみつけて、言葉に対する信頼を取り戻したいと感じていました。私にとって言葉は、それくらい大切なものなのです。


☆プライドを支える花

 駅前の日陰に、一人のおじいさん。キャスターで運んできた台所用の棚を3つ、組み立てている。最初の棚には小さな植木鉢を4つ。次の棚にも4つ。3つめの棚には「幸せの木」という観葉植物と、お菓子の箱のようなものが2つ。箱の中には、ビーズのネックレスやストラップが数本ずつ並んでいる。

 おじいさんには椅子がない。確かに、じっと座っているには寒い場所だし、日の当たるベンチは人通りから離れている。

 だから、おじいさんは、ずいぶんと着古した灰色のキルティングのコートを着て、棚から少し離れたところを右、左とゆっくり歩いている。歳は80歳くらいにも見える。小柄で背が丸い。

 植木鉢のほとんどに、花が咲いている。ピンク、黄色、オレンジと、華やかな色の花ばかり。

 値札は、高くても350円。150円とか100円もある。おじいさんは、ここで商売をしているのだ。

 そういえば、夏にも見かけた。その時は、帰りに寄ろうと思って忘れてしまったのだった。

 今度は、棚で揺れている小さな水仙が私を呼んだ。
 だから、忘れずに済んだ。

 棚に近づいてよく見てみたら、ビーズはもう、何年も売れずに並べられている風情で、到底売り物になるとは思えないシロモノ。

 植木鉢のほうは、買ってきたのではなくて、どうやらおじいさんが育てた花を鉢に移したのだとわかった。土が、粘土質の、このあたりの地面に特有の土だった。花屋で売っている鉢は、どんなに安くても、この土は入れない。

 おじいさんが、水仙を眺める私に気付いて歩いてくる。

 私はすばやく棚の上の品物の値段を合計してみる。3000円くらいになるだろうか。

 そして、ふと、思う。

 おじいさんがここに座り込んで缶を置き、「どうぞお恵みください」と言うほうがよほどたくさんのお金が手に入るんじゃないのかな。このあたりには裕福で心優しい人が多い。

 でも。
 おじいさんは、その手を選ばなかった。誇り高く、自分が生み出した価値を必要としてくれる人に提供することで生きる道を選んだのだ!

 棚の上のものをすべて買ってあげることは簡単だった。

 けれども、あの古びたビーズのネックレスを何本も、私は首にかけるかしら。いいえ、きっと買っても捨ててしまう。捨てるくらいなら買ってはいけない。だって、あのネックレスにも、おじいさんのプライドがこもっているんだもの。

 「これ、ください。」

 水仙を指差した。

 「ああ、スイセン、ですか。はいはい。」

 白いビニール袋に鉢を入れて手渡してくれる。

 反対の手にポケットから出した300円を渡す。

 「ありがとう。」と言ったのは私。

 おじいさんに背を向けて歩き出す。

 袋の中で、今を盛りと黄色い花が楽しげに揺れている。

 おじいさんのプライドを支える、神の花。

 50メートルほども歩いたろうか。

 ふと、振り返る。

 おじいさんが、300円を受け取った時の、そのままの格好で、まだ私を見送っていた。


 自分の心がどうであっても、外側にはいつも、はっとするような美しい、素晴らしいものが常にあるのだと思い出させてくれた出来事でした。

 見る眼を曇らせてしまうのは本当につまらないことと思ったのでした。

 明日は「自分を疑う」と言うお話をしたいと思います。

 今日も読んでくださってどうもありがとうございました。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださってありがとうございます。

やわらかいこころ

a84c8bff.gif

 今日もただいま。

 ブログのサブタイトルを変更しようと思ってもうずいぶん経つのですが、今日ようやっと「これ!」という文章が閃きました。「今ここで生きていることを楽しむためのブログ」。どうでしょう?Hikariはとっても気に入ったのだけど。

 さて。
 紅い手帳から、何かお話を紹介しましょうというお約束でしたね。

 紅い手帳の一番最初のページには、こんなことが書いてあります。


☆自分と話をしましょう

 赤い表紙のノートを用意したの。
 とてもきれいで、気持ちが湧き立つノートよ。
 このノートが終わるまで、ブログは休んで、
 自分の心とだけおしゃべりしようと思うの。

 読み手の反応を気にしない文章。
 出てくるままの言葉。

 どうなるのかしら。
 わくわくするわね。


 でも、わくわくすると言いながら、次の記事までには何日がブランクがあります。もうすでに体調を崩し始めていたからです。


 ☆やわらかいこころ

 2日かかって熱が下がったわ。
 怒ったり失望したりすると、きまって体調を崩すのよ。
 気持ちが落ち込むだけではないの。
 お腹が痛くなる。
 咳が出る。
 熱が出る。

 これはね、こころが感じるべきものを感じないでおこうとするから、からだが教えようとしてくれるのね。

 長いこと、「怒りや失望はマイナス感情だから、感じないほうがいいんだ」と思ってきたの。

 怒りはできるだけ視点や考え方を変えて乗り越えようって。

 でも、それは大きな間違いだったわ。

 怒っていいのよ。

 ただ、怒りの原因をしっかりと見極めて、怒りの部分に支配されてしまわないようにする必要があるだけ。

 怒りを溜め込むからお腹が痛くなる。
 爆発を抑えるから熱が出る。
 言いたいことをガマンするから咳が出る。
 そうして、からだの中に毒素が溜まって、中毒になるから肌が荒れるのよ。

 怒りも失望も、感じたなら、感じ尽くしましょう。

 その底には、それまで見えていなかった不安があり、身勝手な期待があり、課題があるはず。心を落ち着けて、相手のせいにしないで、それを見つけようと思うの。

 熱は出たっていつか下がるわ。
 肌もまた、きれいになれる。

 だから、からだの力を信頼して、こころはこころのことに頑張ってもらいましょう。

 マイナス感情を感じないのがやわらかいこころなのではなくて、何でも感じられるのがやわらかいこころなのよね。

 やわらかいこころはね、
 幸せを感じながら生きていくには、
 なくてはならないものだと思うの。


 およそ小説とは似ても似つかないけれど、こんなことを書き付けて行ったのでした。
 明日は、もう少しストーリーがある部分をご紹介しましょうね。

 今日も読んでくださってありがとうございました。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださってありがとうございます。

大切なものを探す夢

9498dcb2.gif

 今夜もただいま。

 昨日書きそびれましたが、熱が下がって元気そうだというので、くまさんがお買い物に連れて行ってくれました。本当はイルミネーションの時間に行きたかったのだけど、夜体を冷やしてはまた発熱するだろうというので、気温が上がったのをみはからって、昼頃に、少しだけと言って出かけました。

 行き先は、モンベルという山用品専門店です。

 くまさんは強い香りが大嫌いです。だからHikariがアロマキャンドルを灯すのも嫌がります。実はHikariも強い香りは苦手で、選びに選んだものでないとかえって具合が悪くなってしまうこともあります。はかない香りがそこはかとなく漂う程度のものでないと我が家には合わないのです。

 モンベルで売っているキャンドルだけが、くまさんの近くで灯していても「臭いからお部屋でやりなさい」と叱られないのです。8種類くらいの中から、一つずつ香りを確認してもらいつつ、5種類をクリスマスプレゼントにしてもらいました。

 また、ここには、以前からくまさんがほしがっていたボトル・・・なんという名前なんでしょう、ステンレスの、薄い、お酒を入れて山に持っていくものです・・・があります。しかも、思いのほかの安さでした。Hikariからはそれをプレゼントにすることにしました。

 たった3000円くらいずつの贈り物でしたが、二人でたくさん「ありがとう」を言ったり言われたりして、本当に楽しいお買い物になりました。

 今日はそのキャンドルを灯しながら、この記事を書いています。

 さて。

 11月23日に見た夢の話を書く約束でしたね。

 年末に向けての仕事がどんどん忙しさを増しているころで、連日何かの締め切りに追われていました。そこへ、あまり心穏やかではいられないような出来事が追い討ちをかけてきたりもして、すっかり落ち込んでいました。

 思いもよらない出来事に見舞われても、たいていは何かを学ぶきっかけだと思えるようになるのです。けれども、かつて散々味わって、もうこれはいらないと思って切り捨てたようなものが、不意にまた戻ってくると、そういうものをまだ引き寄せる自分に失望してしまうのです。そうしてその失望は、たいがい人には通じません。すれ違い続ける言葉を目の前にして、日ごろ大事にしている「言葉」というものにも、少なからず失望してしまう。

 もう何も話したくない。そう思ったとき、しばらく前から心の中に盛り上がっていた「小説を書きたい」という気持ちだけは、そんな時でも、消えないことに気付きました。そうだった、23日まで待っても書きたかったらブログを休んで小説を書こうと決めていたんだったと思い出しました。どのような小説とも決まっていないのだけど、ともかくも、私はそれを書こうと決めました。メールもブログもやめて、紅い表紙のノート1冊に鉛筆で字を書くことにしたのは、そんな経緯からでした。

 私はなにを書くのでしょう?

 そう問いかけて眠りについた晩のことでした。

 そこは、かつて近くに住んだこともある、大きな川のほとりでした。夕日が落ちるのを何度見に行ったことか。私が目指している先は、その川のほとりに建つ、10階建てくらいの白いマンションのようでした。

 そのマンションのことは知りませんでしたが、そこに住んでいる人のことはとてもよく知っていました。かつて、とても仲良く過ごした人だったからです。

 その人が留守なのを知っていて、私は泥棒に入ろうとしていました。かつて、その人に預けた・・・預けたつもりではなかったのだけど・・・とても大事なものを、盗んででも取り戻そうと考えていました。

 ずいぶん上のほうの階なのに、ベランダから忍び込みました。懐かしいその人の持ち物が、思いのほかに整然と並んでいます。あそこかも、ここかも、と思い当たるところを探すのだけれど、なかなか探しているものは見つかりません。痕跡を残してはいけないと思うと大胆に探すこともできず、夕日がどんどん落ちていき、今にも住人が帰ってくるのではないかと思うと恐ろしく、とうとう私の大事なものは見つけられないままに、引き上げることにしたのです。

 悔しくて、心残りで、どうしようもありません。ひとりだったからいけないのだ、次はくまさんに手伝ってもらおうと、とんでもないことに、次の侵入計画を考えつつ、帰ろうとしていました。

 道は、かつて私が住んでいたアパートの方へ向かう道です。ふと、左側に建つ一戸建ての家の庭を見ました。その家の庭に、黒くてむくむくした毛の、大き目の雑種犬が飼われており、楽しそうに飼い主と遊んでいました。

 その犬を見てはっとします。

 あの犬は、かつて私がとっても大事にかわいがっていた犬ではないか!逃げてしまっていくら探しても見つからなくて泣いてばかりいたことを、どうして今まで忘れていたんだろう?私の宝物だったのに!
 取り返したいけれど・・・今は、あの子はあの飼い主さんととても幸せに暮らしていることがはっきりとわかる。しかたがないんだ。こうなるために、あの子は逃げたに違いない。諦めなくちゃならないんだ・・・

 大事なものが二つとも自分の物にならないようだということが悲しくて、大泣きしているところで眼が覚めました。覚めてみたら、自分が本当に泣いていて、枕もパジャマの襟元も、涙でぐっしょりと濡れていました。

 この夢がHikariにとってものすごく大切なメッセージであることは明らかでした。夢というにはあまりにリアルで、実体験としか思えませんでした。これで小説が書けるとは少しも思えませんでしたが、その「泥棒してでも取り戻したかった何か」「悔しいけれども諦めなくてはならない宝物」とが何なのか、明らかにしたいと強く思ったのでした。

 そして、起きてすぐ、ブログ休止の記事を書いたのでした。

 さらにあわよくば

 「神秘の海」に沈んでいる

 『幻の宝貝』を探して、

 食べてきます。

 には、こんな陰のストーリーがあったのでした。

 ああ、すっかり長くなってしまいました。明日はその紅い表紙のノートの中から、なにかご紹介しようかと思います。

 今日も読んでくださってありがとうございました。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださってありがとうございます。

デザイン一新!

 半日がかりで新しいデザインに移行してみました。
 お正月風というより、どこか『大奥』ですよね〜。気に入ったっ!

 実はあちこち細かくカスタマイズしてあるので、一度デザインを変えてしまうと結構大変なわけで・・・。

 でも、せっかくお正月ですし、新しい出発でもありましたし、がんばりました。

 途中、パソコンの前でマニキュアの瓶を落としてしまい、中身が床にピュッと飛び出して大騒ぎしたり・・・思わぬ知らせで大騒ぎしたり・・・結局大騒ぎしていました。ツカレタ・・・。

 新たなデザインが皆様のお心に叶うことを祈っています。

 お気づきのことがありましたら、何なりと教えてくださいね。見やすい画面作りに励みます。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。応援ありがとうございます心から感謝です

スピリチュアル作家 5

ea121416.jpg

 今夜は無事にパソコンの前に座っています。
 昨日のあれはなんだったのかという快復ぶりで、今朝はすっかり元気になっていました。

 昨日、発熱が始まったころにケータイから更新したのですが・・・あの後、熱は39度近くまで上がり、全身の皮膚が(頭皮から足の裏に至るまで)ビリビリと痛むので、本当に辛く、食欲はなくもなかったので、チキンとパスタとケーキを少しずついただいてすぐに寝たものの、眠ることができませんでした。

 この状態はなにを意味しているのかな。
 私は何か大事な見落としをしているのかな。
 何か総合すべきものから眼を逸らしているのではないかな。

 熱にぼやけた頭で、そんなことを考えていました。とあることが浮かびました。

 最後にこう、問いかけました。

 この痛みがあって、よかったこと、分かったこととはなにかしら。

 答えがすぐにやってきました。

 「それは、『からだ』があるということだ。ほら、痛みを感じるここからあそこまで、みんな私の『からだ』だ。」

 それは午前3時頃だったと思います。すでに2度、滴る汗を吸ったパジャマを着替えていましたが、3度目の着替えをしてベッドに戻ったらすぐ、眠れてしまったのです。そして、次に眼が覚めたら、喉の痛みはまったくないし、熱もすっかり下がっていました。

051225 ブログをお休みしていた1ヶ月の間に考えたことと、この熱の最中に感じたこととは実はつながっています。だから、順を追ってその話を書こうと思うのですが、だいぶスピリチュアルな話になりそうです。

 折りしも今日はクリスマス。魂のお話を始めるにはふさわしい夜ですね。

 さしあたり、興味深いお話から始めましょう。

 12月21日の出来事です。

 この日、Hikariの職場では忙しい時間ではありましたが、50人ほどが集まって昼食会を開きました。Hikariはその幹事でした。

 ただみんなで集まって、ちょっと豪華なお弁当を食べるというだけの会なのですが、22日早朝5時ごろ目が覚めたHikariの頭に、ふと、「おみくじを作ろう」というアイディアが浮かびました。風邪もひどかったので、朝5時に目が覚めることはほとんどなかった数週間を思うと、奇跡的な起床とヒラメキでした。

 ホームページのトップに「今日のひとこと」というおみくじをつけているので、(あのおみくじには140くらいの文章が入っています)それを元に、50くらいの文章を作るのは大した仕事ではありません。30分ほどで印刷も終わり、結び文のように結んで、お弁当にさしはさんでおきました。

 どの文章がどの席に置かれたかなど知る由もありません。

 50名の人々は時間になるとそれぞれやってきて、好きな席に着いていきます。中には仕事が重なってしまって30分以上も遅れてきた人までいたのですが・・・

 食事が始まるころには、そのおみくじがあまりに当たっているというので、あちこちで歓声が上がり始めました。司会者がHikariが作ったとバラしてしまったので、ますます騒ぎになり、中には「どういう意味でしょう」と解説を求める人もいて、お話しすると「ああ、それなら今の私のための言葉だわ!」と大声を出すので、さらににぎやかになりました。
 30分遅れてきて、最後に空いた席についたひとが、「どうして私のモットーがここに書いてあるのでしょう。どうしてこの席が空いていたんでしょう!」と言い出して、みなさんの驚きはピークに!

 あんなにも喜んでいただけて、思い付きを形にして本当によかったなと思ったのでした。

 食事会がお開きになったあと、特に親しい同僚たちが、あの文章はどうやって書いたのかと聞きにきました。Hikariが頭を指差して、「ここから探したの」というと、みんな本当に驚いていました。中には「そんな隠れた才能もあったのねぇ」なんて驚く方もいて、嬉ハズカシのひと時だったのです。

 あれは、人が言葉を選んだのではないのです。

 ことばが先にあったのです。
 そして、ことばが人を選んだから当たるのです。

 そうしてさらに。
 そういえば、この職場にはHikariが『スピリチュアル作家』という肩書きをいつか我が物にしようと恋焦がれていることなんて誰も知らないんだったと思い出して、こっそり微笑んでしまったのでした。

 明日は、11月23日に見た夢の話を書きますね。すべてはそこから始まりました。

 追記:今日のトップの写真は、お昼に出かけた先の駐車場にいたワンちゃんです。あまりにおとなしく運転席に座っていたので、写真を撮ってしまいました。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。応援ありがとうございます心から感謝です

 

聖なる夜に

2c686bde.jpg クリスマスイブです。いかがお過ごしですか?

 ベッドからケータイでこれを書いています。今夜はくまさんとイルミネーションの街にでかけるのを、何週間も前から楽しみにしていました。なのに、夕べ突然、のどが激烈に痛くなり、眠れないほどで、朝はなんとか起きて、新しいシャツの用意なんぞして浮かれていたのに(声はすでに全く出なかったけど)、昼前に寒気がし始めて、遭難しそうな寒さで、皮膚も関節も痛くて、ノックアウト。一度寝たらもう起きあがれませんでした。

 寒気がすぎたら発熱が始まりました。でも、寒い時より楽です。

 ほんとうに疲れていました。最後は気力だけで働いていたもんね。まあ、今は休んで元気を取り戻そうと思います。

 みなさま、素敵な時間を過ごされますように!

耐震偽造マンションとWin-Win 5

765f6173.gif

 今夜もただいま。

 地球に戻って早々、更新に気付いてくださり、コメントをくださった笑顔整体の院長さん、riseさん、SATSUKIさん、miwaさん、どうもありがとうございました。

 きまぐれに更新していたものの約1ヶ月のブランクの間、実に50名を越える方が、毎日毎日訪れてくださっていました。動かないブログを訪れるなんてどうしてなんだろうと不思議に思ってもいましたが、理由は何にしろ、とてもありがたいことだと、だから、いつかはまた書き始めようと思うことができたのでした。

 さて。
 ラッコ星での出来事を語る前に、やはりこの話は欠かせないなぁと思うので、今夜はマンションの話を書きますね。

 Hikariは今年3月にマンション購入を決めていました。当時はまだ造成を始めたばかりでしたが、そこにマンションが建ったら買おうと、8年以上も前から決めていた場所で、しかもお風呂に窓がある設計の部屋があり、願ったり叶ったりの購入でした。

 半年かけて、マンションは少しずつ出来上がっていきました。今の家からすぐ近くなので、だんだんと完成に近づく様子を嬉しく眺めていました。

 そんなところに、例の、耐震強度偽装マンションの話が出てきました。12月始めには登記の予定でしたから、新しい我が家は大丈夫なのだろうかと、当然気になりました。

 そこへ、不動産会社から1通の封筒が届きました。

 「このマンションの構造建築は姉歯氏によるものではありませんが、審査をしたのが日本ERIでしたので、検査の信憑性が疑われるため、再度調査をします。」というものでした。困ったことに、登記の日までに検査結果が出ないようでした。

 不都合がはっきりしたわけではないので、契約はどんどん進みます。ローンのこと、保険のこと、登記のこと、引越しのことなど、どんどん決まっていきます。

 初めての内覧会もありました。

 思っていたほど広いと感じなかったのは、収納スペースが多くて、その分部屋が狭く見えるからのようでした。西側と東側とにベランダがあり、憧れの対面キッチンです。ただ、日が射さない部屋が3つあるなぁ、隣の棟の陰になって朝日が見えないなぁ、駐車場は隣の棟の地下だし…など、欠点もはっきりしてきて、あまり盛り上がれなかったのです。

 体調もひどく悪かったので、なおさら気分が滅入ってしまって、住み替えを決断したのを後悔し始めていました。

 こんな時、いつも祈ることばがあります。

 もし、このことが私の益になるなら、成就させてください。
 もし、このことが私を損なうなら、直ちに遠ざけてください。

 最初の封筒から1ヶ月して、検査の結果が来ました。
 私のマンションは、大丈夫だということでした。構造建築をした人、検査を改めてした会社、施工を下請けした会社なども、ここにきて公表されました。顧客の不利益ならないように今後も最大限に努力すると約束してありました。

 ほっとしたのは言うまでもありません。

 そして、改めて耐震強度偽装の顛末を見てみると、あれはwin‐loseの関係だなと気付かされます。

 顧客を騙して危険にさらしすことで、自分達が利益を得ようとしたのです。

 そして、結局そのことが明らかになり、彼らは利益どころか社会的にも法的にも制裁を受けていくことでしょう。lose-loseになってしまったのです。いったい、そのような関係のどこに意味があるのでしょうか。

 近くにあるので、偽装マンションと判明した物件の広告は我が家にも入ってきていて、自分が購入しようとしていた物件と比較していたので、ずい分安いな、私達が買おうとしているのは本当に高いなぁと思ったものでした。

 このブログのタイトルはWin-Winといいます。
 あなたに得していただいて、私も得をする。
 あなたに幸せになっていただいて、私も幸せになる。
そういうブログです。

 あなたを踏みつけにして私だけ幸せになるのは嫌です。
 あなたを幸せにするために、私が踏みにじられるのも嫌です。

 相手も自分も大事にする。
 この機会に皆さんと一緒に、そんなことを考えたいなと思ったのでした。

pinkheart人気ブログランキングに参加しています。
応援ありがとうございます心から感謝です
プロフィール
目次






応援に感謝!
姉妹ブログ!


2008年もたくさん読みます!
12月31日までに
本を100冊読むブログ



気になる本のブログです!
感性を磨く!成長する読書


みんなよろしく!


Blog内検索
最新記事
楽しいおしゃべり
競争 1 (ブログスカウト事務局・池田晴子)
愛と執着 2 (かおる)
お気に入りに!
素晴らしき幸せ人
カテゴリー別
あしあと
美しい心の公園
素材をありがとう!
QRコード
QRコード
楽天市場
  • livedoor Readerに登録
  • RSS
  • livedoor Blog(ブログ)