Win-Win

あなたも幸せ。私も幸せ。

自分を愛すること

 とっても忙しい先週でした。おまけに、体調がすぐれなくて、そこに駄目押しの金曜出張。ノックダウンでした。

 

 土日は何もする気になれず、買い物にも行ったし、家事もしたけれど、基本ボンヤリと過ごしました。

 

 いちばんする気にならないのが、料理だったりします。

 

 食に対する意欲を失うのが、こういう時の私の特徴。元気が出るはずがないですよねぇ〜

 

 いつもなら好きなことも、する気にならず、気持ちが引きこもってしまいました。

 

 ちょっと、どうしたらいいか、わからなくなっているせいもあるんだと思うんです。

 

 

 

 昨日、 rena71さんからコメントをいただきました。私が以前、他のブログに書かせていただいたコメントに共感してくださったとのことでした。

 

 その時のコメントは『愛される価値』という記事へのコメントだったんだけどね、よかったら、リンクを押して、その記事を読んでみて。

 

 私は当時、親から愛されていないと思うしかない状況の子どもたちを目の前にしており、親から愛されないのは自分に価値がないからだ、と思い込んでしまって凍った心を、なんとか少しでも溶かしてあげたいと、そんなことを考えていたのでした。

 

 一方で、そういう私自身が、誰よりも「自分には価値がない」と思い込んで生きているわけです。役に立たないと、今よりよくならないと、愛される価値はないと思っている。

 

 そうして、自分の価値を、自分では感じられない分、他の誰かに証明して欲しくて躍起になったりするんだよね。自分の正しさを強烈に主張してみたり、独自の方法で成功しようとしたり、協力を拒絶して自分の力でやったと誇ってみようとしたり。

 

 あなたはスゴイ、あなたはトクベツだ、そう言われたくてウズウズしてる。

 

 素のままの自分というのが何かわからないくらい、仮面をかぶったり、努力しているふりしたり、現実から目を逸らしたりしていく原因にもなってきたんだなぁと思うのよね。

 

 だって、何かができない自分は誰からも愛されないし、価値がない気がするんだもの。

 

 学んだり、努力したりって、最初に「自分には今これができない」という明確な認識があってこそ、進むんだよね。

 

 最初に「自分にはできない」という認識が甘いと、努力を怠ったりいい加減にしか学べなかったりする。誰だって、知っていると思っていることを学んだりしないでしょう?

 

 そんな学びでは本当によいものが身に付かない。実力がつかないんだよね。

 

 そんなふうに生きてきたから、私には「これこそは」という何かがない大人になっちゃったのだろうと思う。

 

 いい年をして体力もなく、気力もなく、プロとしての実力にも欠けているし、料理もできない、他に芸もない。

 

 ほんと、何もないなぁ。

 

 

 

 自分に価値がないから愛されない。

 

 この思いは大きな間違い。阿部さんの記事にあったとおり。

 

 愛されるかどうかは、価値があるかどうかに関係ない。

 

 だって、愛するって無条件なものだから。

 

 価値があるから大事にするというのは、そもそも愛じゃないんだよね。

 

 まして、愛される側の問題ではない。

 

 愛するかどうかって、愛する側が決めることだもの。

 

 恋愛なら分かる道理だよね。

 

 誰かが自分を好きになってくれるかどうかって、こちらからはせいぜい影響を与えられる程度の問題であって、最終的には相手が決めること。

 

 どう働きかけたって、ダメなときはダメなんだよね。

 

 だって人は誰かの思い通りになんかならない。

 

 誰も、自分以外の人を、自分の思い通りに操ることなんかできないんだ。

 

 自分が誰を好きになるか、他人に決められたくないもんね。

 

 

 

 それさえ分かれば、どうして子どもを愛せない親がいるのかも、分かる。

 

 その親も、きっと私と同じように、誰かに自分の価値を証明してもらいたいんだね。

 

 そのためには、誰かが自分の思い通りになって、全面的に自分の正しさを認めてくれると都合がいいんだと思う。

 

 その「誰か」に選ばれたのが「子ども」なんじゃないかな。

 

 自分の子どもだもん、せめてこの子くらいは自分の思い通りになるんじゃないか。自分の価値を見失った親ほどそんなふうに思うのではないかしら。切実に。

 

 ところが!

 

 自分の子どもも、他の誰かと同じように、全然思い通りになんかならない!

 

 かわいさ余って憎さ百倍ってこういう時に使うんじゃない?この子まで私の思い通りにならないの!?という怒り、絶望が、暴力に変わるんじゃないかな。

 

 虐待をはたらく親の心理って、そんなじゃないのかなぁ。

 

 子どもを愛せないのはなぜか。

 

 つまり、親が自分で自分自身を愛せていないからというのが、答え。

 

 どうでしょう?あなたは、どう思われますか?

 

 

 

 ここまで分かって、手をこまねいているわけにいかないでしょう?

 

 自分で自分を満たすこと。
 自分で自分の価値を見出すこと。
 自分で自分を重要だと思えること。
 自分で自分を安定させること。
 自分で自分を愛すること。

 

 相手が自分であっても、「愛する」というからには、無条件であるはず。

 

 それって、何をやめて、何をはじめ、何を続けたらいいのだろう?

 

 そこに迷っているから、今、身動きが取れなくなっているわけなんですわ

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

女神様のように扱われる

 すごい美人に会いました。

 

 多分、年齢は私よりも10歳近く上なのだと思う。

 

 でも、その姿から発散されているオーラは輝くばかりで、胸元が大きくあいた派手な色のタンクトップや、とうてい街中は歩けないと思うほど艶やかなロングスカートを、まるでパジャマでも着るみたいに、当たり前に着こなしている彼女。

 

 その美しさは、もちろん造形的な美しさでもある。

 

 彫りの深い目鼻立ち、小麦色の肌、均整がとれたシルエット。キャラメル色の長い髪、長い腕、磨かれた筋肉、豊かな胸元には大きなペンダント。

 

 でも、それだけではなくて、色気があるんだな。

 

 大人の色気だ。

 

 私にはないものだなぁと、し〜みじみ。

 

 同性だというのに、目のやり場に困りつつ、でも目を逸らすこともできず・・・。

 

 彼女のご主人はというと、これまた魅力的なカリスマ。

 

 でも、外見はというと・・・恰幅のいいおじさまだな。それ以外の何者でもない。

 

 でも、彼には人の心が読める。本人以上に読める。だから、彼と話していると、誰でもみんなハッピーになってしまう。

 

 彼女がご主人の横に立って、他の人が話しているのを聞いていました。

 

 しばらく私もそちらの話に集中していたのですが、ふと気付くと、ご主人が彼女の腰に腕をまわしているではありませんか。

 

 それが、当然だというように。

 

 「どうですか?僕の妻はまるで女神のように素晴らしい女性でしょう?」と、もしご主人がスピーカーだったら、ノイズにさえ自慢がまじるのではないでしょうか。そんな雰囲気でした。

 

 ははぁ。

 

 彼女の美しさの秘訣はコレだなと思いました。

 

 どんな高価な化粧品よりも、エステよりも、エクササイズよりも効くもの。

 

 加齢も活性酸素も、「あなたは女神のように美しい」と言ってくれ、言葉どおりに扱ってくれる男性1人に、かなわないのではないでしょうか。

 

 人はなぜ結婚するのか。

 

 理由は人それぞれではありましょうが、今夜あのふたりを見ていて、どうせだったら私も、私をこんなふうに扱ってくれる男性と結婚すればよかったなぁと思いました。

 

 過ちを改めるのにはためらいがないほうなので、機会があったら修正しよう

 

 でも、ただ機会待ちしていてもなんなので、まずは「女神様扱いしたくなっちゃう女性」目指して、時を重ねて参りましょうか。

 

 あなたも、ごいっしょに、いかが?

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

自分にミスを許すこと

 目が覚めたら、朝10時でした。

 

 今日は土曜日出勤した分の代休。しておきたい仕事もあるけど、まずはもっとしたいこと優先の一日です。

 

 私がこのところ気付いたことの本質はなんだったのだろうかと、問いかけています。

 

 スタートは、過去の思い込みを疑いもせずそのままに、今も行動していることに気づいたところからでした。

 

 仕事のしかた、発想の原点、感情の根源、言葉の選び方。

 

 なにもかも、無意識ではあっても、自分でそれがいいと決めたことでした。

 

 その無意識は、自分が生まれてから今日までの経験の積み重ねからできていて、その「過去の経験に基づいて判断した」何かが、自分のいろいろなことを決めているのだとわかったのでした。

 

 たとえば、失敗から多くを学べることを、私はとてもよく知っているし、人にも語るし、人が失敗から学ぶのをお手伝いすることもたくさんあります。

 

 なのに、自分をよく観察すると、決して失敗してはならない、完璧であろう、知らないことがあるのは恥ずかしいと思っているし、そのようにふるまっているし、時として、うまくごまかしてでも無知を知られまいとすることがあるのを、認めなくてはなりません。

 

 知っていることと、自分自身とがずれている。

 

 「失敗から学ぶ」というカテゴリーから自分だけは除外してあったようなんです。

 

 それは、昨日も書いたけれど、「そんなに頑張らないで休めばいいのに」と、これを読んでくださっている多くの方が思っていらしたのに、気付きもしないで踏ん張っていたことにも通じていると思うのです。

 

 振り返ると、過去の私に、強烈に「正しいこと、完璧であること、過ちを犯さないこと」を強要した人物がいました。その期待にこたえなければ暴力をふるわれ、命の危険を幼心にも十分にキャッチできたほどでした。

 

 生き延びるには、正しく完璧で過ちを犯さない人間でなければならなかった。

 

 それは事実。

 

 でも、よく考えたら、その時期であっても、もちろんその後も、私にそんなことを要求したのは彼ひとりであって、他の誰も、私に完璧さや過失のない生き方を望んではいなかったのではないかと、「おととい」気づいたのです。

 

 一昨日、です。

 

 なんて長いこと、勘違いをしていたのでしょうね?

 

 自分が正しいと思うためには、人の過ちを弾劾しなくてはなりません。自分が完璧であるためには、人から完璧だと言ってもらわなくてはなりません。

 

 人を非難して、でも人に認めさせたい。そんな都合のよい話があるでしょうか?ムリムリ。その二つは矛盾している。

 

 そして、そんな人を、人は受け入れたいでしょうか?

 

 中には心の広い方がたくさんいて、こんな私でもOKと言ってくださってきたのです。なんてありがたいことでしょう

 

 でも、その方々でさえ、そんなに肩肘張って頑張らなくてもいいのにと、内心思っていらしたのではないでしょうか。

 

 私だってミスをする。私だってくじけることもある。私にも知らないことやできないことはいっぱいある。でも、だからといって自分はダメじゃない。それでいいんだ。

 

 一昨日、そんなことを思った途端でした。

 

 あらら?あれれ?

 

 可笑しくなってきました。

 

 失敗やミスを自分に許した途端に、自分の重大なミスに気づいたのでした

 

 でも、そのミスも、素敵な人の素敵なヘルプのおかげでなんとか解決することができました。

 

 なにより素晴らしかったのは、私のミスを見て笑っていたその人の笑顔が、今までになかったくらい穏やかで愉快そうで、心の底から素敵だったことでした。

 

 とんでもなく恥ずかしい失敗でしたが、それでさえ、こんなふうにいいことにつなげることもできる。人には何度となく言ってきたことだけど、これからは自分にも適用しちゃおう。

 

 なんだかまた少し心が軽くなって、明るくなって、元気になって、温かくなって、自由になった気がするのでした。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

まずは自分を大事にすること

 2泊3日の出張に行っていました。

 

 山奥です。

 

 ケータイも、つながったりダメだったりの山奥で、なかなか迫力ある仕事でした。

 

 出張中はあまりよく眠らなかったので、ゆうべは一晩よく眠って、起きてみたら全身筋肉痛。ベッドの中で30分もストレッチをしてからようやく起き上がりました。

 

 でも、体の中のいろいろなものが動いて流れて温まった感じ、痛いけど悪くないです

 

 

 

 前回の記事で、「仕事をお休みしたの」と書いたことに、意外なほどたくさんの「よかった!」というメッセージをいただきました。

 

 よかった?

 

 そうかぁ。みなさん、私がもっと休めばいいのにと思ってくださっていたのですね。ありがたいなぁ。

 

 以前のHPのころから読んでくださっている方からも、よかった、とお言葉をいただいて、そうか、やっぱりこの方向でいいんだなぁと、心強く思いました。

 

 

 

 ところで、この出張。私が大嫌いな出張でした。

 

 毎年のように行くわけですが、あれこれ厄介な、”予測不能なことが起きる”ことだけは予測できる、すごい数日になるんです。

 

 今回も、数週間前までは「いやだなぁ」と心底思っていました。

 

 ところがなんです。

 

 今回は、たいして負担に思わずに当日の朝を迎えました。

 

 慣れたとか、今年は不測の事態が起きなさそうということではありません。

 

 それどころか、前代未聞の事件が数々”私のチームで”起きるだろうと、誰もが予測していました

 

 だからこそ、出発直前のある日に、休暇をとったのです。

 

 今までなら、「もっと準備しなきゃ」とか「迷惑をかける分、先にがんばっておかなくちゃ」とか考えて、こんなタイミングで休暇なんて、思いもしなかったでしょう。そんな贅沢を自分に許せるはずがないという発想も、自分を否定する行動ですよね。

 

 でも、今回は違いました。人の思惑とか、人との関係よりも、自分の現状を大事にしました。すでに、十分疲れきっていたし、気持も切れかかっていました。

 

 お休みした日にしたこと。

 

 掃除、洗濯、気になっていた返信、手紙、それからおいしいお土産をもう一度入手すべく、九州のサービスエリアに電話をして問い合わせたりもしました。

 

 通販で気になっていたものを注文したり、出張の荷造りをゆっくり進めたりしました。

 

 そうして、夜はもともと予定があったので、ゆったりとでかけました。

 

 何一つ、辛いことややりたくないことをしませんでした。

 

 自分のしたいことを、したいと思った順番に、したにすぎません。

 

 ただそれだけの一日でしたが、得られた効果は絶大でした。

 

 まずは自分を大事にするということが、こんなにも大切なことだとは思いもよりませんでした。

 

 自分で「自分は大事にするだけの価値がある」と、証明してみた1日。

 

 それだけで、自分の内側の何かが、本当に喜んでいるのがわかりました。

 

 その「何か」から湧き上がってきたものは、「自信」だったのかもしれません。

 

 この出張をそんなに嫌う理由はないよね。だって私、この出張ごときに打ちのめされるほど、もう弱くないもの。

 

 いやならいやな気持ちのまま行こう。で、楽しめる範囲のことをしたらいいじゃない。

 

 いやなことが起きたら、助けてって言おう。そうして力のない自分を笑い飛ばしてしまおう。

 

 そんな気持ちででかけました。

 

 そうして、そして。

 

 ほんとうに、そのとおりになりました。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

大発見の日

 ある朝、出勤途中の道を歩きながら、自分に聞いてみたのです。

 

 ねえ、仕事は楽しい?

 

 私は即答。「いいえ、ぜんぜん!」

 

 じゃ、どんな?

 

 「疲れるし、辛いし、すべてを吸い取られて何も残らないわ。」

 

 そうなんです。実際に、毎日がそう。

 

 人の役には立っている。収入もある。でも、楽しい仕事にはなっていない。

 

 そういう自分に、自分が投げかけた質問に、ドキリとしました。

 

 「なぜそんな仕事の仕方をすると決めたの?」

 

 そうなんだ。

 

 こういう仕事の仕方をすると決めて、毎日実行しているのは、誰でもない私自身なんだよね。

 

 他の人の仕事を手伝えって言われたわけでもない。

 

 勤務時間を3時間4時間越えても、よい仕事をするために頑張れと言われたわけでもない。

 

 思いつく限りの最善を常に尽くして行動しろと、強要されていることもない。

 

 家に帰って食事をする以外、お風呂も歯磨きもできないくらいに疲れるまで仕事しろと、誰かに強制されているわけでもない。

 

 辛いこと、苦しいこと、嫌なこと、いろいろ毎日あるけれど、それらを「つらい、くるしい、いやだ」と判断しているのも私自身。きっと他の見方もあるだろうし、同じツライにしても、どのくらい辛いかを決めているのは、やっぱり私自身なんだよね。

 

 いったい、どうしてそんな仕事のしかたをしようと決めて、実行してきたんでしょうか。

 

 生まれつき、それほど恵まれた体力をしているわけではありませんでした。いえ、これもまた思い込みなのかもしれません。

 

 でも、どちらにしろ、家に帰って何もできなくなるまで仕事に打ち込むのではなくて、せめて化粧を落としてマッサージして5ページでいいから読書して、ちゃんとパジャマに着替えてベッドに入るくらいの余力を残しておいたっていいはず。

 

 そうだ。体力のない自分を責めたり、もっと丈夫にならなくちゃとトレーニングを始めては挫折を繰り返すばかりだったけど、それも、自分の体力に合わせて、小さなトレーニングから始めたり、弱いなら弱い範囲で、壊れない程度の行動を選ぶことだって許されたはずだった。

 

 他の人の手伝いも、自分がやったらよりうまくいくと思う発想も、どれもこれも、身の丈にあわせて実行してよかったはずなんだよね。

 

 なのに、なぜ、いま、こうなっている?

 

 なぜ、こういう毎日を選んでいるんだ??

 

 

 

 同じように問いかけても、答えは人それぞれなんだろうと思います。

 

 私の答えはこうです。

 

 今の自分を否定しないではいられなかったから。

 

 

 

 このブログを始めてからもう5年になります。その前に10年ほど書いていたホームページの日記も合わせたら、なんと干支が一回り終えて2周目に入るほど。

 

 何万言の言葉を尽くし、この言葉でさえこれまで何度も書いたことではあるのですが、今ほどしっくりと、腑に落ちたことはありません。

 

 私の人生のすべてが、その時点での自分を否定するために費やされていた!

 

 いいえ、あらかじめ否定することが決まっていて、否定しやすい状況や出来事を引き寄せていたとさえ、言えると思います。

 

 ここでまた、問いが出てきます。

 

 なぜ、私は、そうまでして自分を否定しなくてはいられなかったのだろう?

 

 そうです、そうです。これこそ、潜在意識です。

 

 私の過激な幼少時代の話は、このブログでもたびたび書いてきました。

 

 生まれるときから切り捨てられた命でした。諦められていたのでした。

 

 生まれてからも、不仲な両親の争いを日ごと夜ごとに見続け、殴られ蹴られて時には刃物までつきつけられ、親の言うとおりにしていなければ、生き延びることすら叶いませんでした。

 

 その経験は、私の幼い心に、深い傷跡を残したのでしょう。

 

 成長して、ちょっとはいい仕事もできるようになって、幼い頃の出来事そのものの記憶は薄れても、心の傷跡は残っていて、「非難されないように、殺されないように、いいことをして褒められるように努力しなきゃ」と思い続けてきたのではなかったでしょうか。

 

 親の支配から離れて、もうそんな努力はいらなくなったのに、一度出来上がったパターンは根強くて、それが「自然」になっていたということではなかったのでしょうか。

 

 いくら心理学を勉強しても、精神世界に親しんでも、直感を大事にしようとしても、現実の変化は、それほど大きくなかった理由も、これでわかります。

 

 逆にいえば、そういうものを拒絶して興味さえ示さなかったなら、今日のこの気付きはなかったと言えるのでしょうね。

 

 そう、つまり、こういう理解がやってきて、腑に落ちたということは、もう本当に、自分で自分を苦しめるパターンから脱出する時がきたのだということでしょう。

 

 

 

 記念すべき大発見をして、私が最初にしたこと、なんだと思います?

 

 へへへ。

 

 仕事を、1日、お休みしたんです

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

信じて疑わなかったこと

 例え話をしてみましょうか。

 

 

 

 ハンバーガーがある。

 

 なかなかよい香り。ジューシーでフレッシュ。おいしそう。

 

 かぶりつくのは礼儀正しい食事マナーとはいえないかもしれないけど、これはハンバーガーだからしかたない。

 

 と、大きな口をあけて食べてみる。

 

 あ、まただ。

 

 うまく噛めない。喉につかえて飲み込めない

 

 だめだ、これでは死んでしまう。苦しい〜

 

 思わず吐き出してしまってから、思う。

 

 「どうも、私はハンバーガーが苦手だ。美味しさは口に入った瞬間わかるけど、いつも飲み込めないから少しも身の足しにならない。次のハンバーガーは食べられるだろうか。いや、ここまで来ると、もしかしたら私にはハンバーガーを消化する能力が最初からないのかもしれない。だが、どこかに行けば、私にも飲み込めるハンバーガーを売っているのだろうか?」

 

 そうして、またハンバーガー探しの、苦難の旅に出る。

 

 たとえてみたら、私の人生は、こんな感じだったなぁと思うのです。

 

 

 

 食べられるハンバーガーを探す苦難の旅。なんでそんなことをしなくちゃならないんだ?どうしてハンバーガーを飲み込めなかったのだろう?その本当の理由はなんだったのだろうか?

 

 そう。あなたが気付いたとおり。

 

 一度にたくさんをほお張り過ぎたからだハンバーガーの質とは全然関係なかったのかもしれない。

 

 ならば、なぜそんなに大口を開けて、ほお張らなくてはならなかったのか?

 

 子どもの頃から食が細かった。食べないやつはダメなヤツだと言われた。大きくなれないと言われた。きっとそのとおりだろうと信じた。信じて、もう疑わなかった。

 

 でも、なぜハンバーガーなのか?

 

 それは、ハンバーガーがいちばんいいと信じていたから。信じて、疑わなかったから。あれ?なぜそんなふうに信じたのだろう?

 

 それは、苦労して探し、苦労して食べることが何より尊いと教わったからではないだろうか?苦労と感謝と、そういうものが伴っているからこそ価値があると。そう言われて、信じて疑わなかった。

 

 もう一度、よく考えてみよう。

 

 本当に、ハンバーガーでなくてはならないのか?それを苦労して探さなくてはならないのか?

 

 答えは・・・・NOだ!

 

 

 

 もっと楽しく手に入り、もっと落ち着いて料理して、もっと食べやすく、もっと飲み込みやすく、私に合ったメニューは無限にある。

 

 他のどれでもいいはず。

 

 そのことに気付かずに、ハンバーガーばかりにこだわったのも、苦難の旅を選んだのも、うまくいかないチャレンジを繰り返したのも、全部自分が決めたことだったのだ。

 

 全部自分が決めたのならば、ここで食べるものや探し方を変えると決める事だってできるはずだ。

 

 そうだ。新しく選び直すんだ。

 

 どうやって、選ぼうか。

 

 

 

 私はそれを、これ以上はないほどあこがれる、すばらしい未来予想を目標と描いて、それを現実にするためには、今何を選べばいいかな?と考えてみようと思う。

 

 誰かがいいと言ったとか、知らない間に信じて疑わなかったこととか、そういうことではなくて・・・自分で。

 

 まずは、夢を描きましょうか。

 

 今いくつだからとか、今こんな状況だからとか、自分をとりまく悪条件とか、過去の過ちとか、そういうことも頭をよぎるけれど、それはそれ。

 

 夢を描くのに、早すぎることも遅すぎることもないのだから。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

パワフルな問いかけ

 もしも、あなたの笑顔を今の倍にするのが至上のテーマだとしたら、あなたは明日から何をし、何をやめるだろうか。

 

 もしも、私が苦しさや焦りを今の半分にして、できた隙間を楽しさやうれしさで埋めるのが至上のテーマだとしたら、私は明日から何をし、何をやめればいいだろう。

 

 潜在意識って何?

 

 それはたぶん、誕生してから今日この時までのすべての出来事の記憶。
 意識的には忘れていても、潜在意識として、それらはすべて残っている。

 

 知らず知らずのうちに反応してしまうこと。
 思わず言ってしまうことば。
 気付かないうちにいつも繰り返すパターン。
 断然譲れない好み。
 それらはすべて、潜在意識に基づいてそうなっている。

 

 

 

 私は、何を経験したから、それが好きになったのだろう。
 私は、何を経験したから、それが嫌いになったのだろう。

 

 私は、何を経験したから、こんなに集中できないのだろう。
 私は、何を経験したから、辛くなるまで努力するのだろう。

 

 私は、どんな経験に基づいて、こんな物の見方をするのだろう。
 私は、どんな経験に基づいて、こんなふうに感じるのだろう。

 

 

 


 こういう、パワフルな問いを自分になげかけていると、いろんなことが見えてくる。

 

 私たちは、今目の前にあることに反応しているのではなくて、実は、遠い昔の、思い出せないほど遠ざかったけれどとても強いインパクトを与えた過去に基づいて反応しているらしい。

 

 あなたが彼を好きなのは、遠い昔、あなたを上手に愛せなかったお父さんから愛されるのと同じような感情を得たいがためなのかもしれない。

 

 あなたが彼女を好きなのは、大好きだったおばあちゃんのかわりに愛を注いでくれる女性だからなのかもしれない。

 

 あなたがそんなに頑張り屋さんなのは、努力が好きだからではなく、頑張って良い子になっていないと愛されなかった、子ども時代の名残なのかもしれない。

 

 あなたがそんなに怒りっぽいのは、短気だからではなく、怒って見せなければ振り向いてもくれなかった、忙しいお母さんへの作戦の名残なのかもしれない。

 

 もう不要な反応は、しなくていいんだよ。

 


 今のあなたには、もっと自由で爽快な、新しい反応もできるんだ。

 

 だとしたら・・・

 


 あなたは、わたしは、何を選ぶのだろうか。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

ざわざわ

 昨日は一日、のんびりと休んで過ごしました。

 

 気楽な服装、眠い時には眠る、読みたかった本を読む、録りためてあったドラマを連続で見る・・・

 

 気になることもある。持ち帰った仕事もある。

 

 でも、休むと決めて、心ゆくまで休んだら、なんだかちょっと元気が出ました。

 

 

 

 また、胸がざわざわし始めています。

 

 何かが変わろうとしているのかな。

 

 何かがやってくるのかな。

 

 何が来ても受け止められるかな。

 

 思うようにならないことでも。

 

 自由になりたいな。過去の思い込みから。

 

 自分で自分を安心させる方法を知りたいな。

 

 そうして、そういう方法を、みんなに教えたいな。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

忙しい〜

RIMG0263  これが、前回お話したランの花です。4月11日、母の誕生日に撮影しました。

 

 とんでもなく忙しい毎日です。

 

 体調も気力もイマイチ。

 

 こんな時に梅雨に入っちゃったのはツラいなぁ。

 

 さて、今日は金曜日。

 

 もうひと踏ん張りして、今日は早く帰ってこよう。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

隙間を作る

 母からもらって、大事に育てているランがあります。

 

 なんでも、ランの原種に近いのだそうで、春先に、ピンクのかわいい花をつけます。

 

 我が家に来て3年ほどになりますが、今年も去年と同じ8つくらいの花をつけたものの、花の数がふえたわけでもなく、大きな花が咲いたわけでもない。

 

 どうも、植木鉢の中で根っこが詰まってしまっているのではないかというのです。

 

 半年くらい前にそう思って、遊びに来た両親に聞いたのだけど、その時は「まだ根詰まりすることはないと思う」と言っていました。

 

 でも、花から判断すると、その可能性が高いというのです。

 

 そこで、今までの植木鉢よりも倍くらいの大きさの鉢を買ってきました。

 

 今まではザラザラした小石のようなものと水草とで植えてあったのを、「ランの土」を買ってきました。

 

 そうして、今までの植木鉢からランをそっと引き抜いてみたのです。

 

 このランの根はけっこう太くて、本数はそれほど多くありません。

 

 でも、その太くて長い根が、植木鉢の壁にべったりと張り付いていました。

 

 引き抜こうとすると、プチプチと切れてしまうのです。

 

 痛いよね、ごめんねと謝りながら、全部引き抜いて植え替えました。

 

 ついでに、一枝折れてしまったのを、それまでの植木鉢に植えて、2鉢にしたのです。

 

 

 

 2週間たちました。

 

 ある朝、ふと気付くと、小さな植木鉢の一枝も、葉を青々とさせていて、どうやら根付いてくれたようです。もともとシャキッと立ち上がるような種類ではないので、縁に寄りかかっているのはしかたないのでしょう。よかった!枯れなかった。

 

 そうして、新しい大きな鉢を見て、あれれ?と思いました。

 

 もちろん、元気です。

 

 枝が、シャキッと立ち上がっています。

 

 それはまぁ、植え方の影響もあるのでしょう。

 

 驚いたのは、葉の大きさ。

 

 どの葉も、なんと今までの倍の大きさになっているのです!!!!

 

 これには本当に驚きました。

 

 たった2週間です。これまで3年間、ずっとこの半分の大きさの葉だったので、このランの葉はこういう大きさなのだと思っていました。

 

 でもそれは、器に合わせていただけだったんですね。

 

 大きな器に移り、隙間ができたら、その分成長したんですね。

 

 これは、大事なメッセージです。

 

 

 

 私たちは時として大きな壁にぶつかります。その壁の名前を「慣れきった環境」と呼びましょう。慣れきった環境には息が詰まることもありますね。確かに今のままなら安全で快適。見通しがもてるので、それほど大きなミスもなさそう。

 

 でも、その壁の内側にいるかぎり、あなたが本来持っている成長の力は発揮できないのかもしれません。

 

 あなたの内側には、今の倍くらい大きくなれる素晴らしい可能性が眠っていて、それを発揮できる場を待っているのかもしれません。

 

 あなたの周りには、あなたが成長するだけの隙間がありますか?

 

 あまりないのかな?と思ったら・・・・どうしましょうね?

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

火事の夢

 目が覚める直前に、火事の夢を見ました。

 

 自分の家が燃えていました。

 

 頼まれてお湯を沸かしたのを忘れたのは私。うとうとしているところへ、窓ガラスをコンコンする人がいて、なんでしょう?とあけてみたら、消防服を着た男性が2人で「火事ですよ!」と教えてくれました。

 

 ところが、この消防服の仕事は「火事だと教えること」だけで、消してはくれなかったんです〜。どうやら、火を消すのは私の仕事のようです。

 

 私はあわてて手近にあったボウルをとりだして、水をパシャパシャかけるのだけど、火は全然消えません。

 

 両親を起こしたところを見ると、どうも実家のようです。

 

 縁側から外に出てみたら、屋根まで火がうつっています。お隣さんも、うちが燃えているのを見ています。

 

 足元に、ホースがありました。そうそう、植木に水をやるので、我が家には今も昔も水道につながったホースがあるんです!

 

 ジャ〜ッと勢いよく水をかけたら、少しずつ火が消えていきます。

 

 煙や、こげたものに臭いまでしました。

 

 皮膚は熱くて、汗が出ました。

 

 目を覚ましても、しっかりと覚えている夢でした。

 

 

 

 なんだこれ?

 

 大金持ちになるお告げか、ただの浮気願望か。ネットで夢判断を見ても、いろんなことが書いてあって、皆目わかりません。

 

 ふと、ベランダを見ると、あまりの忙しさと疲れで、水遣りをすっかり忘れて、乾ききったプランターと、そこで死力を尽くして耐えている植物たちを発見!

 

 おおっ。

 

 慌ててホースをにぎり、勢いよくジャ〜ッと水をやっていて、ふと気付く。

 

 そっか。そういうことか。

 

 植物たちが「喉が乾いたよぉ」と呼んでいたのね。

 

 ごめん、ごめん。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

よくばり、よくばり

 6月になっちゃいましたよ。

 

 昨日で、ここ3週間、徹底的に全精力を注ぎ込んできたイベントが終わって心晴れ晴れ、肩の荷がおりたとはこのことでしょう。

 

 妥協しないってこと。

 

 それって、不器用でかっこ悪い感じがする。

 

 それに、何をそんなに頑張ってるの?って視線で見られることもあるし、勝手に盛り上がっていると思われることもきっとある。

 

 だけど、いいの、いいの。

 

 人の思惑は、どうぞご自由にって感じ。

 

 自分の仕事なのに、自分のやりかたなのに、いつものとおりにやっていてグチグチ文句言うなんて、私には似合わないもの。

 

 そりゃ疲れる。階段から落ちるくらい疲れる。締め切りを無視したことがない私が、「すみません、提出を遅らせてください」と、2方面にわたってお願いに行くなんて前代未聞。

 

 それでも、今回はそうしたかったんだなぁ。

 

 自分の動きひとつで、他の多くの人が理解しやすくなるなら、そう動きたい。

 

 自分のまとめひとつで、ほかの人の今日がやりやすくなるなら、そうまとめたい。

 

 自分の計画次第でものごとが順調にすすむなら、細心の注意とリスク管理で大胆な計画をし、順調さに感動するほどの展開を計画したい。

 

 最後まで手抜きをしないで、ガッツリと印象付けたい。

 

 そのために疲れるのは、私のリスク。

 

 でも、リスクをとらないところに、大きな成功も達成もない。

 

 リスクとは、「勇気」と同じことなんだね。

 

 最高の結果を目指すって、欲張り。

 

 だけどね、よく考えたら、今と同じことをしていて、今以上の結果を望むことのほうがずっと欲張りだね。

 

 最高の結果が出せたなって思うのは、欲張り満足。

 

 いい気分。

 

 欲張り、最高!!

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

生まれました

 『テレパシー』でお話した友人から、白昼のメールが。

 

 夕べのうちに、うまれてしまいました。

 

 1000グラムちょっとの男の子です。

 

 

 

 お母さんも、小さな赤ちゃんも、とても元気な様子でした。

 

 ほっとして、涙が。。。。

 

 

 

 彼女は、本当に素敵な人です。強くて弱くて美しい。

 

 だから神様は、こんな形で、彼女に大きな仕事を任されたんだろうなぁと思ったりする。

 

 おなかに8か月しかいさせてあげられなかったと、彼女は自分を責めます。

 

 でも、9か月しかいなかった私が言うのだから間違いありませんが、何か月いたかなんて、大した意味はないんです。

 

 ちょっと早かろうと、遅かろうと、予定日通りだろうと、それは大人の都合でしょ。

 

 生まれるのにちょうどよい時を選んで生まれてくるのだから、その先を悩んでよね。赤ちゃんが話せたら、きっとそう言うんだろうな。

 

 保育器で泣きまくっているらしいから、きっと元気に大きくなることでしょう。

 

 

 

 こういうことで、人と自分を比較することに意味はないよね。

 

 あなたには、あなたの幸せ。
 私には、私の幸せ。

 

 さあ、素敵な週末にしようっと。

 


 

 お気づきと思いますが、ブログのデザインを変えてみました。

 

 文字サイズだけでなく、フォントもカスタマイズして、読みやすいようにしてみたのですがいかがでしょう?親友からは「見やすくなった!」とほめてもらったけど。

 

 Windows XPをお使いの方で「メイリオ」というフォントがインストールされていない方はは、こちらからダウンロードしていただくと、フォントが違って見えることと思います。おひまがあったらお試しください。

http://www.microsoft.com/downloads/details.aspx?FamilyID=f7d758d2-46ff-4c55-92f2-69ae834ac928&DisplayLang=ja

 

 メイリオは、MSゴシックよりも見やすいから、文書の作成にも役立つと思います〜。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

空も飛べるはず

 階段から、転落しちゃいました、私。

 

 一瞬の気の迷いが、足元に届いたような感じでした。

 

 「あ!折れる!!」と、刹那に思いました。

 

 でも、空中で、もう一つ、心の叫び。

 

 今はだめ〜っ!!

 

 今は、捻挫したり骨を折ったりしている立場じゃないんです。

 

 

 

 スタッ。

 

 なんと、メダルがとれそうな見事な着地。

 

 うわわ!と周囲に人が来る中、立ち上がって歩けました。

 

 ごくかるい捻挫と打撲だけで済みました。

 

 捻挫のほうは、ゆうべはちょっと痛くて湿布したけど、今朝は腫れも痛みもありません。

 

 打撲のほうは、思ったほど大きな痣にもならず、触らなければ痛みもありません。

 

 空を飛んだというのに、まるで奇跡。

 

 神様が、私の声を聞いて、空から抱えてくださったのでしょう。

 

 ありがとう、神様

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

テレパシー

 その朝、目覚めたとたん、彼女のことを思い出した。

 

 10歳年下のモデルみたいに美しい彼女は、現在妊娠中。妊娠初期に危ういことが何度かあり、入院したりもしたようで、早めに仕事を休んで家にいると聞いていた。

 

 私たちの仕事は、妊婦がするのはほとんど考えられない。

 

 もちろん、がんばって勤められる方もたくさんいるけれど、みなさん体調を崩されてしまう。

 

 激務、すぎる。

 

 

 

 気になってしかたがない。

 

 彼女のことが頭から離れない。

 

 顔を洗っても、お風呂に入っても、朝食を始めても、気になって気になって。

 

 メールしてみた。

 

 返事が、ない。

 

 

 

 だいぶ遅れて届いた返信を見てびっくり。

 

 前日、まだ産み月よりずっと前だというのに陣痛が起きてしまったこと。

 

 通っている病院ではみきれないというので、遠い専門病院まで救急搬送されたこと。

 

 すごく戸惑って、慌てたこと。

 

 その朝には落ち着きをとりもどしたけど、今日明日にも生まれてしまうかもしれないこと・・・・

 

 「すごくいっぱいいっぱいになったから、伝わっちゃったんですね。」と彼女。

 

 どうやら、そういうことらしい。

 

 

 

 私たちは、こんなふうにも、つながっているんだね。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

意識する

 意識する。

 

 それだけで、見えるものが変わってくる。

 

 ほしい情報があるなら、意識して見てみたらいい。

 

 その情報は、あなたが見るのを待っていたかのようにそこにある。

 

 ただぼんやりしていて見つかるほどには甘くない。

 

 でも、注意深くしていると、必ずそれは、すでに存在しているんだよね。

 

 

 

 お金もいらないかもしれない。

 

 時間も手間もかからない。

 

 え?こんなに簡単にわかっちゃっていいの?と思うかもしれない。

 

 そういうふうに、できている。

 

 

 

 つかまえちゃえ。

 

 そのチャンス。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

引退します

 ああ、疲れた。

 

 今週は、毎日最低でも12時間勤務。

 

 その間、10分の休憩時間が

 

 とれない!

 

 

 

 ゆうべ読んでいた本に、「それは役割モデルにしばられているから」って書いてあった。

 

 そうかもしれない。

 

 仕事だから。お給料もらっているのだから。チーフだから。

 

 いろんな役割をとても大事にしている。

 

 自分の目配りや動きしだいで、ほかの人が少しでもやりやすくなるように。

 

 私のありようで、周囲の人が少しでも明るくなるように。

 

 ミスが出ないように。遅れが出ないように。

 

 そうしているうちに、いつの間にか、自分はクタクタになって、一晩休んで回復できる疲労の底を突きぬけ、眠っても眠らなかったのと大差ないような疲れがどんよりと溜まっていく。

 

 おもえば、仕事を始めてから〇年、ずっとそうしてきたと気付く。

 

 

 

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 こんな本があるらしい。検索すると、この手のビジネス書はいっぱいある。

 

 読んでないけど、多分・・・

 

 ・やらなきゃいけないことはすぐにやる
 ・定時で切り上げる雰囲気を作る
 ・自分で時間内にやりきれないことはよりうまくできそうな人に依頼する
 ・効率のよいスケジューリング・・・

 

 こんなことが書いてあるんじゃないかしらね?

 

 こうして書いてみてわかるコト。

 

 私の「効率のよいスケジューリング」でできた時間のゆとりに、誰かの「自分ではできないからよりうまくできそうな人に依頼する」と決められた仕事が飛び込んできて、「定時に切り上げる雰囲気作り」に協力的な私は、嫌とはいえず、気付けば周囲は定時ごろに帰り、自分は連ドラが始まる時間ごろにようやく職場を出ている・・・

 

 それで体調を崩していたら世話ないわよね

 

 なんとかしなきゃ、この性格。

 

 そのための第一歩は、「いいひと」の役割を引退することかしらね。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

気持ちのよい朝

 新しい一日の始まり。

 

 わかるよ、どうしても言いたくなったんだよね。

 

 でも、ちょっと待って。

 

 それ、本当に今でなきゃダメ?

 

 そんな怖い顔して、とげとげしい声出して。

 

 それは、本当に今ここで言わなきゃいけないこと?

 

 今までも、何度も起きたことじゃないの?帰ってきてからも起きるのでは?

 

 だったら、朝はやめないか?

 

 気持ちよく、見送ろうよ。

 

 腹筋に力を入れて、ぐっとこらえて笑顔を作ろう。

 

 いってらっしゃい。

 

 元気な声で送り出そう。

 

 怒鳴られて、感情的になって、嫌な気持ちを背負って、ブスブスと家をでて。それではツキも逃げていく。

 

 気持ちよい朝を作る。

 

 それはあなたにしかできない、神様のお手伝い。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

考えても、考えても。

 考えて、考えて。

 

 考えて考えて考えて。

 

 考えても考えても、考え抜いても。

 

 自信というのは生まれないものなんだなぁ。

 

 なのに。

 

 小さくていいからやってみること。

 

 何か具体的に行動を起こし、手を打つこと。

 

 その成功がどんなに小さくても、大きな自信になるんだなぁ。

 

 よく言われることだけど、悩んでいるときほど行動するというのは、大切なことだなぁ。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

悲しい思い出

 「ほら、早く食べなさい。」

 

 今日もまた注意されています。

 

 お嬢さんはうつむいて、返事もせず、何度注意されたからって決して早く食べられるわけでもありません。

 

 ある日、ちょっとお願いして、お嬢さんの食事中に声をかけるのを私だけにしていただきました。

 

 「ねぇ、〇分になったらごちそうさましちゃいましょうね。残っていてもそこまでにしましょう。」

 

 それだけ言って、あとはお嬢さんのペースで召し上がっていただきました。

 

 すると、どうでしょう。

 

 お嬢さんはほんの少し、お皿に苦手なものが残っただけで、約束の時間にごちそうさまと片付け始めました。

 

 少し頬を赤くして。誇らしげに、楽しげに。

 

 

 

 子どもの頃、私もまた、食べるのがとても遅かったのです。

 

 食が細いのは今もかわらずですが、とにかく遅かった。

 

 幼稚園の教室で、みんなは食べ終えて外へ遊びにいっているのに、私だけ残って、たけのこ先生(本名を思い出せないのです)が「早くたべなさいね」とおっしゃるのを悲しい思いで聞きながら、お弁当箱に向かっているのを、今でも思い出すことができます。

 

 ある日、ふとお弁当箱から顔を上げると、すのこの向こうに母がたけのこ先生と一緒に立っていました。とてもがっかりした様子で。涙をふいていました。

 

 私がどれほど悲しくなったか、どう書いていいかわかりません。

 

 私は私なりに精一杯早く食べていました。でも、ごはんは、私の喉をうまく通ってくれません。遊んでいたのでもありません。もちろん、嫌がらせをしていたのでもありませんでした。

 

 でも、私は母をがっかりさせました。

 

 毎朝毎晩、早く食べなさい、早く食べなさいと言われるのは本当に悲しかったし、辛かったのですよ。

 

 その頃は、食が細くて遅くても、食べることはキライではありませんでした。お食事をいただきながら、おもしろいテレビを見るのも、弟たちのおかしな話を聞くのも大好きでした。

 

 そんな話にじっと聞き入ってしまうと、「聞いていると遅くなるから聞かなくていい。」と言われました。テレビを見ていると遅くなるから「食べている間は後ろ向いていなさい」と、テレビに背を向ける場所に座らされました。他の家族が画面を見て笑っても、私には何がおもしろいのか分からなかったのです。

 

 弟たちの話に混ざろうと、何かおしゃべりし始めると「話していると遅くなるから黙って食べなさい。」と言われました。

 

 言われるたびに悲しくて、悔しくて、辛くて、でも遅いのは本当のことなので、言い返すこともならず、うつむくだけでした。

 

 食事の時間は私にとって、団欒でもなければ癒しでもない。楽しみでもくつろぎでもない、拷問のような時間でした。

 

 

 

 食事がゆっくりのお嬢さんに会って、ずっと忘れていたそんな日々を思い出しました。

 

 就職して必要にかられたら、早く食べることもできるようになりました。半分でやめておいて、残りは後で食べるなんてことも覚えました。食事しながらおしゃべりしても、それほど大きく遅れをとることもなくなりました。

 

 でも、素の私は、食べる分量が少ないから人様と同じ時間に終わるのであって、同じ分量食べようとすると、いまだにのんびり屋です。

 

 

 

 思い出してみたら、いろいろな思い出が昨日のことのように鮮明で、涙がこぼれてきました。

 

 周囲に人がたくさんいるのに、昼日中だというのに、ポロポロポロポロ涙がこぼれて止まらなくなりました。

 

 人の心の中には誰でも、何人かの「傷ついた子ども」が住んでいるものです。

 

 辛かったよね、苦しかったよねと、その傷ついた子どもを癒してあげることが、自分の心を救うことになったりもします。

 

 いつまでも傷ついた子どものまま放置したり、大事に抱え込みすぎたりすると、アダルトチルドレンの元凶になりますしね。

 

 いったい私は、今まで何人の「傷ついた子ども」を癒してきたことだろう。

 

 まだ、いたんですね。

 

 びっくりでした。

 

 

 

 ボンヤリして見えるし、忙しいお母さんの仕事は進まないし、食事がのろい子どもをお持ちなら、きっと苛立って大きな声で叱ってしまうことでしょう。

 

 今にして、母がなぜあんなに口うるさかったか、先生に呼び出されるほどに食事が遅いのをがっかりした思いで眺めていたか、分かるのです。

 

 分かるのですが、どうか、急かさないでください。

 

 そんな子ども時代をすごした私は、当然のように、食べることがキライになりました。料理も嫌いになりました。食事の時間なんかなければいいのにと思うようになりました。

 

 仲の良いお友達とおしゃべりしながらいただく食事を楽しいと思うようになったのは、ほんの最近2年ほどのことです。料理が上手になりたい、食事の時間をもっと楽しみたいと思うようになったのは、ほんの半年前くらいからなんですよ。

 

 食が受け入れられないというのは、ある意味、ゆるやかな自殺行為です。

 

 ゆっくりだっていいじゃありませんか。死んでしまうより。

 

 私は、そう思います。

 

 今日も読んでくださってありがとうございました。
 あなたに、あらゆるよきことがなだれのごとく起きますように

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